オムニチャネルを考える

2014年6月5日
千葉商科大学経済研究所 所長 上山 俊幸

楽天株式会社が渋谷公園通りにオープンした楽天カフェは、楽天市場のアンテナショップとみることも可能であるが、また今後の展開が明確には公表されていないため不透明感が残るが、注目できる事象だろう。

小売業では、今後の国内人口の減少の影響による需要の減少にどのように対応するかが大きな課題である。今後拡大しない、むしろ縮小するであろう市場のパイをどのように獲得していくのかという問いに対する答えを求めて様々な検討がなされ、いくつかの案が実行されている。一方、スマートフォンの普及も含めてICTが進展していくなかで、顧客へアクセスするチャネルが増え、その組み合わせが多様になってきたことも事実である。

さて、最近オムニチャネルあるいはオムニチャネルコマースという言葉が利用されている。この言葉を使い出したのは、米国大手百貨店メイシーズ(Macy's)であると言われている。平成24年度の情報通信白書でもその記述がある。オムニチャネルは顧客接点として可能性のある販売チャネルのすべてを効果的に組み合わせて販売力を強化しようとすることであるが、この流れは加速している。つまり、企業が多様化する販売チャネルを効率化するために、ヒトとカネを投じていくような取り組みが以前にもましてなされているということである。

同じような意味でO2O(Online To Offline)という用語が使われ、こちらの方がオムニチャネルより日本ではなじみが深いが、厳密には意味する範囲が異なる。この用語も平成24年度版の情報通信白書で使用されている。もともとO2Oは、ネットでのメールやWebで商品やサービスを紹介したり、あるいは割引チケットや優待チケットを配布して、実店舗(オフライン店舗)へ顧客を誘導することであったが、いまでは実店舗とオンライン店舗の両方を使い、融合して双方に顧客を誘導していこうとすることである。

たとえば、オンライン店舗で商品の品定めをしてから、実店舗でその商品を実際に手に取り、色や手触りなどを確かめて購入するといったオンライン店舗からから実店舗への誘導や、逆に実店舗で商品をみて、持ち帰るのには都合が悪いときなど帰宅後にオンライン店舗で購入するといった場合のオフライン店舗から自社のオンライン店舗への誘導が考えられる。これまで、いつでも、どこでも、どんな商品でも(もちろん限度はあるが)見ることができ、購入できるので、消費者の行動に合わせて購入ができるという点でオンライン店舗の売上は増加してきていることは確かであり、このことからこのO2Oが焦点になるのである。

しかし、O2Oにも問題がないわけではない。たとえば、自社のオンライン店舗から他社の実店舗へ顧客が逃げてしまうこともあるだろう。あるいは、自社の実店舗から他社のオンライン店舗に顧客が行ってしまうこともあるかもしれない。さらに、同じ企業グループのオンライン店舗と実店舗は、どのように成果を分配するかという問題、またコストをどのように分担するかという問題もある。

O2Oをイノベーションという観点から見ることも可能である。メルマガでのチケット配布やWebでの割引チケットの取得は、消費者との「距離」が短くなったという意味で進歩があったことは認めるがイノベーション、少なくとも破壊的イノベーションではないだろう。割引チケットを郵送することは良くあることであったし、今でも行われている。それがインターネット越しにできるということには意味があるが、これまでの方法の置き換えに過ぎない。以前から行ってきたサービスをオンラインを利用したものに置き換えるのだけではなく、これまでになかった新しいサービスがイノベーションとして求められるだろう。

また、顧客へのアプローチにしても、以前からのDMをメールマガジンに置き換えて、コスト低減を図ったことがあったが、このような方策では、たとえコストの面からは効果があったとしても、イノベーションではない。DMの延長線上にあるからである。顧客を層別(セグメント化)して、メルマガの内容をそれぞれの顧客層に合うようにしたとしても、まだ道半ばである。オムニチャンネルにおいては、ワンツーワンマーケティングができるようにして、精度を向上する必要がある。AmazonはWebにおけるレコメンド機能やメールでの「おすすめ商品」によって、実際にそれを行っているが、精度の点では改善の余地がある。スマートフォンや携帯電話のGPS機能を使って、近くに来た顧客に対して、自動的に来店を勧誘するようなメッセージ送るサービスなどは、これまでできなかったことであり、新しいものといえるだろう。

今後は、O2Oだけに検討範囲を絞ってしまうのではなく、O2Oを含めてオムニチャンネルを考えていくことが必要になる。オムニチャンネルコマースを成功させるためには、想定する顧客との関係性を描き出し、その関係に向けて全社統一的な在庫管理、顧客の要望に応えるSCMなどの足下の基盤整備も必要であるが,少なくともポイントカード・スマートフォン・ソーシャルメディアなどのツールと連携したCRMの構築がまず必要になる。そして、企業のWeb上にある商品データ、企業のブログの商品紹介データ、メールマガジン、Facebook、twitter、LINE@などメディアがバラバラに訴求するのではなく、それらの適切なミックスを考え、あるコンテクストにおいて関係性が発揮できるような取り組み、システム、体制が求められる。資金的に余裕があれば、マスメディアとのミックスを検討していく必要があることは言うまでもない。つまり、オムニチャンネルを設計する場合には、全体最適を目指す必要あるというこれまでの常識に則り取り組めばよい。もちろん、そこにはコストの分析を行うことが求められる。

中小企業では、このオムニチャネルを設計できる人材の確保が難しいことが予想されるが、専門のコンサルタントや専門業者に依頼することも検討できる。そして、それに応えるコンサルタントの養成も急務である。

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