スマートフォンの可能性と対応

2013年5月27日
千葉商科大学経済研究所 所長 上山 俊幸

観光地で写真をとって欲しいと頼まれ、デジタルカメラではなくスマートフォンを渡されることも多くなった。また、電車の中で音楽を音楽プレーヤーで聞いていると思ったら、スマートフォンだったりする。  

スマートフォン関連企業がさまざまな市場に参入していることは、多くの人が感じているに違いない。マイケルポーターの5フォースを持ち出すまでもなく、これまで続けてきた事業が新規参入者であるスマートフォン関連企業の脅威にさらされている市場がある。とりわけ、予想もしていなかった新規参入者には、参入された市場で活動している企業の対応が遅れてしまう場合がある。よく知られている事例として、上記の音楽プレーヤー事業への携帯電話・スマートフォン関連企業の参入がある。

一方、アップル社は、自ら売れ筋商品である音楽プレーヤーiPodを有していながら、iPhoneを同じ市場に投入し、当初共食いとも思える事業展開を行った。いまから考えると、そうすることが最善の選択だったように思える。

現在、スマートフォンの普及率が世界的にも伸びている。日本国内に限ってみても、旧来の携帯電話端末からの移行が進んでいる。平成24年度情報通信白書でも、スマートフォンの普及によってわが国のユビキタスネットワーク環境が整備されてきていることを「完成」という表現まで使って記述している。また、世界市場において携帯電話販売台数に占めるスマートフォンの比率が、2015年には5割を超える見通しであるとも述べられている。

この小さなスマートフォンは、恐るべきポテンシャルを有しているといえるだろう。コンピュータを手のひらサイズにして持ち運びできる大きさにしたともいえる。スマートフォンが発売される前のことであるが、レポートを苦し紛れに携帯電話端末で作成して送ってくる学生がたまにいた。しかし、予想通りそのレポートは極端に短く、また、当然のことながらクオリティも低いものであった。しかし、いまは違う。スマートフォンがあれば、レポートでも作成できるし、卒業論文でもチェックくらいは可能である。タブレットがパソコンのマーケットを侵食しているといわれ、またデータにもはっきり出ているが、タブレットとともにスマートフォンもパソコンの市場を侵食していると推察できる。

スマートフォンは、携帯音楽プレーヤーやパソコンの市場を侵食するだけでなく、ほかの製品市場をも奪っていく可能性が十分あり、新規参入者は急に立ち現れるかもしれない。冒頭に述べたとおり、デジタルカメラメーカーは低価格化の波と同時にスマートフォンの影響を受けている。普及型コンパクトデジタルカメラのクオリティには及ばないにしても、SNSやブログに載せるような写真であればスマートフォンで問題なく撮影できる。デジタルカメラメーカーもコンパクトデジタルカメラについては遅ればせながら高級品へと舵を切り始めた。

スマートフォンがゲーム業界を一変させたことも記憶に新しい。スマートフォンを使うゲームの広がりで、家庭用ゲーム機、携帯用ゲーム機を問わずゲーム機とそのコンテンツは大きく売上を落とした。そのためゲーム業界では家庭用ゲーム機・携帯用ゲーム機向けゲームコンテンツ制作者たちの携帯電話・スマートフォン向けゲーム企業への大移動が起きた。

同様に、カーナビ業界に大激震が走ったことも有名である。思わぬところから出現した新規参入者に驚いたに違いない。カーナビを提供している企業は、カーナビとスマートフォンとの連携に生き残りの期待を寄せて製品開発を行っている。さらに市場は大きくないがボイスレコーダーもスマートフォンで代替できる。このほか、市場参入された業界・商品として、時計、手帳、歩数計、財布、定期券、チケット、辞書などはよく知られている。

これまで見てきたように、スマートフォンはコンピュータとしての属性を持つことから、アプリケーションをダウンロードしてインストールするだけでいろいろなものに変身するカメレオンのような機器である。スマートフォンを女性や子供を守る安全ブザーにしたり、子供やお年寄りに持たせて見守りツールにするなど、さらに利用範囲は広がっている。

ビジネスの現場においても、スマートフォンは従来の業務用ツールの競合する存在になりえる。パソコンの代わりに汎用端末として使えることはもちろん、特定の業務に利用する事例も出ている。例えば、バーコードやQRコードを読めるので、売り場の従業員がこれを使って在庫確認を行うことにもできるし、スマートフォンに周辺装置を接続してPOSレジに仕立てたり、あるいはクレジットカード決済機器にすることもできる。企業は思わぬ新規参入者の脅威にさらなる注意が必要である。

そのスマートフォンの世界のハードウェア市場では、二強に押されて日本のシェアはきわめて小さい。したがって、日本のスマートフォン製造企業はスマートフォン部品調達企業から部品提供において「後回し」にされるリスクがあり、実際に部品調達が遅れ、それによって製造が遅れ、結果として発売が遅れるという事態も起きている。

これからも、しばらくはユビキタスネットワークを構成する重要な機器として、スマートフォンが君臨すると予想されるが、日本のスマートフォン製造企業にどのような戦略があり得るのか。スマートフォンが「ガラケー」といわれた携帯電話端末と同じ運命で良いはずはない。しかしながら、必要のないソフトウェアまでインストールされたパソコン販売や携帯電話端末の高価格での販売をスマートフォンでも繰り返していく兆候が見える。

スマートフォンのハードウェア、OS、アプリケーション、通信サービス、コンテンツといった分野あるいはレイヤーは、キャリアを中心にした垂直統合がなされ、そこに影響力が集中したかに見えるが、アップル社のように独自の商品力を背景にした発言力を持つ企業がある。そのような環境下で、わが国のスマートフォン関連企業は今後どのような長期的ビジョンを描くのか。「イノベーションのジレンマ」や「リバースイノベーション」などに登場するような、あるいはそれを意識した戦略をとる余裕があるのか。日本の情報通信産業が世界の流れに遅れをとり始めているが、また環境変化が激しいのであるが、個々のスマートフォン関連企業にとって、逆にいまがチャンスなのかもしれない。

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