増税論議と政局迷走

2010年4月1日
千葉商科大学経済研究所 所長 栗林 隆

財政の「政」は政治の「政」と言ったのは、本学の前学長加藤寛だが、増税論議に関してはまさに言い得て妙である。自民党政権時代の小泉首相は、「私が総理の間は消費税率を引き上げない」と公言して憚らなかった。政治家として増税論議は鬼門である。なぜなら、有権者は増税を嫌い票を失うからである。国民の期待を一身に背負って発足した鳩山政権とて例外ではなく、鳩山首相も小泉元首相とほぼ同様の発言をしている。

経済理論に1995年ノーベル賞に輝いたR.ルーカスの「合理的期待仮説」がある。同仮説によれば、人は経済を完全に理解しており、すべての情報を合理的に駆使して将来予測を行うわけだが、この理論を今の日本人に当てはめると、「今の日本は巨額の国債が累積し深刻な財政赤字に陥っている。短期的には景気に配慮する必要があるが、中長期的には財政再建が必要であり、そのためには増税は不可避である」ことを予測できると思われる。筆者が言わんとすることは、増税への国民のコンセンサスはある程度得られつつあるだろうということである。

民主党政権が難産の末に初めて組んだ平成22年度当初予算は、事業仕分けによる予算削減等が一向に進まず92兆2千億円と過去最大の規模になった。本来の財源である税収は37兆3千億円に留まり、昨対比8兆7千億円の大幅減である。これは、リーマン・ショックが引き起こした世界同時不況によって法人税収が大幅に落ち込んだのが主因である。わが国の税構造は直間比率が高く、直接税は名目的価格弾力性に依存して景気に大きく左右される。民主党政権は子供手当などのマニフェスト実行のために追加的予算が必要なのに、この税収減は想定外の誤算であった。国債発行は44兆3千億円の過去最大に達したが、この金額は、直前の麻生政権における補正予算を含めた予算の国債発行額とほぼ同額であるとの詭弁を弄した。つまり、新政権は借金を増やしていないとの主張である。ところが、これでも予算はバランスせず、特別会計の剰余金(いわゆる埋蔵金)を掘り尽くして10兆6千億円を確保したがそれも本年度限りである。つまり、来年度の予算組みには増税は必須なのである。

さて、増税論議に話を移そう。短期的にはデフレ脱却を目的とした財政出動の財源として必要であり中長期的には財政再建のために必要である。わが国は、所得税、法人税、消費税の3基幹税で国税の約8割を賄っている。法人税に関しては、企業の国際競争力の観点から引き下げ圧力が働いている。所得税に関しては、人的控除の廃止等による増税が見込まれているが、これは子供手当による現金給付とペアだから実質的にほぼニュートラルと見ることも出来よう。残る可能性は、消費税の大幅増税であるが理論ベースを消費型付加価値税に依存する消費税は、「逆進性」という致命的な欠陥を有している。現行の5パーセントでは、税率が低いのであまり欠陥は浮き彫りになっていないが、税率引き上げ時には「給付付き税額控除」や「食料品軽課」などの対策を講じる必要があろう。

いずれにしても、国民も増税を受け入れる素地は整いつつあると筆者はみている。最後は政治の「政」に期待するのみであって、政権は国民に対して「どういう社会を作るのか」を明確に示す必要がある。

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