米国ボーナス課税法案の余波

2009年4月1日
千葉商科大学経済研究所 所長 栗林 隆

「あらゆる手段を用いて阻止するよう財務長官に指示した」、これはオバマ大統領がホワイト・ハウスから出した声明である。そして、その答えは高額ボーナスに90%の重課をして強制的に公的資金を回収しようというものであった。

事の発端は、昨秋から始まった米国発世界同時不況である。サブ・プライムローン問題が引き金となり、リーマン・ブラザーズが破綻して以来、未曾有の信用収縮が起き、世界最大の保険グループAIGも経営危機に陥った。AIGは大手銀行のリスクをヘッジしており、AIGが破綻してしまうと金融システムが崩壊してしまうので、米政府は巨額の公的資金を注入せざるを得なかった。ところが、AIG幹部は経営危機に基づく公的資金注入を真摯に受け止め、綱紀粛正に務め、鋭意経営努力をし、当然自らのペイを減額すべきところを、逆に1億6,500万ドル(161億円)にのぼる法外なボーナスを手にしたのだから話にならない。公的資金とは、言うまでもなく国民の血税である。短絡的に考えれば、税金で彼らのボーナスを払ったようなもので、法律に違反していなくても、道義的にゆるされる筈は無く、国民感情を逆なでにしてしまい冒頭の大統領声明に繋がった。ウォール・ストリートの常識は一般の非常識なのである。世論の非難は予想以上に厳しく、身の危険を感じる幹部も出る始末で、ボーナスを自発的に返還した人も相当数にのぼった。

下院は、3月19日、当該高額ボーナスに90%の課税をする法案を可決した。世論の怒りが後押しする形の重課案に、国民の多くは溜飲を下げたことだろう。

ところで、理論的には、特定の人のボーナスを狙い撃ちするように重課する事は、課税の公平を重視する財政学の立場からは到底容認できない暴挙であり、法律的にも合法的な民間部門に政府が介入する憲法判断の是非が問われている。世論を尻目に、金融機関の大反発が起こり、自発的なボーナス返還が相次いだこともあり、問題はトーン・ダウンしつつある。今後は、オバマ大統領も慎重な判断を求められよう。

この問題は根が深い。資本主義経済は政府部門と民間部門の混合経済である。アダム・スミスの神の手に代表されるように政府は民間に介入すべきではないと言う考えと、ケインズによる不況時には積極的に介入すべきとの考え方は両刃の剣である。問題を整理すると、第1は、金融工学の申し子であるデリバティブ取引をビッグバンのスローガンのもとで野放しにしてきたことである。金融システムの秩序を維持するために一定の規制を設けるべきであった。第2は、緊急避難的な公的資金注入時の法整備の不備である。国民の血税を注ぐ以上、財政の機能により、その使途には政府部門による強制力があってしかるべきであった。第3は、課税の公平を著しく損ねることである。懲罰的なボーナス重課は課税の効率も歪め、ひいては財政民主主義そのものを根幹から揺るがしかねない問題を内包している。

今後の上院での審議は不透明であり、その余波も大きな波となっていくかもしれない。

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