イノベーションを生む社会風土

2017年7月27日
千葉商科大学経済研究所 所長 橋本 隆子

筆者の専門はコンピュータ・サイエンスである。米国で「コンピュータ・サイエンスをやっている」というと、多くの人から「それは儲かるだろう」と言われる。米国では、コンピュータ・サイエンス分野において、大企業のみならず多くのベンチャー企業がイノベーションを創出し、高収益を生み出しているからだ。ベンチャーについてのリポートであるTimmons(1994)iも、アメリカの戦後のイノベーションの50%、特に画期的なイノベーションの95%(例、パソコン、検索エンジン、SNSといったコンピュータ・サイエンス分野のプロダクト・サービス)は大企業ではなく、ベンチャーから生まれたと述べている。
翻って日本はどうであろうか?
もちろん目覚ましい業績を上げているベンチャーもあるにはあるが、総じて社会全体に元気がないように感じられる。
実際、中小企業白書2012年版iiでも、日本の中小企業の開業率は5%以下であり、米国(約10%)やイギリス(約12%)に比較すると著しく低いことが示されている。また近年、米国ではGoogle、Amazon、Facebookといった売上高数兆円を超えるベンチャーが生まれているのに対し、日本では楽天やグリーといった企業ですら売上高は1兆円に満たず、大きく成長するベンチャーが出ていないという指摘もある。米国に比べ日本のベンチャーはまだまだ不活発であるといえる。
こうした違いは何に起因するのか。ここでは、私自身の米国での経験から、以下の2つを理由として挙げたい。

  1. (1)失敗を許容する風土
    「Don’t take it personally」という言葉をご存知だろうか。「個人の問題として考えるな」といった意味である。何かミスやまずい状況が発生した時、米国人からよく言われる言葉である。彼らは失敗を個人の問題として捉えない。失敗は恥ではなく、そこから学ぶことができるものであり、次の挑戦へのステップと考える。もちろん本音ではいろいろあるのかもしれないが、失敗を個人の問題として受け取り、ただ落ち込むことは「弱さ」であり、恥ずかしいことと考える。こうした姿勢が失敗を恐れず成功するまで何度もやり直すベンチャーを生む風土につながっているのではなかろうか。
  2. (2)起業家精神(entrepreneurship)に対する尊敬の念
    米国では起業に関するセミナーやワークショップが頻繁に開催され、起業意欲に燃える人が数多く参加している。新しく自分で事業を始めること、誰もやらなかったことにチャレンジすることに意義を見出し、周囲もそれを尊敬する傾向がある。ハーバードのような一流大学出や元企業エリートから多くの起業家が生まれているのも特徴である。日本でも起業についてのセミナーや講義が徐々に行われるようになっているが、米国と比べ、起業活動の認知度、起業の知識・能力・経験が低い。起業家精神(entrepreneurship)に対する尊敬の念に欠けるのではないかと考えられる(Global Entrepreneurship Monitoriii)。

こうした社会風土の他に、米国では、債務の返済責任が相当程度免除される、「エンジェル投資家」などからの資金調達が容易である、といった社会制度の違いもある。日本においても、経済産業省がベンチャーや新事業創出担い手・支援人材の育成、エンジェル税制の運用改善、ベンチャー投資の促進、クラウド・ファンディングといった施策を開始しているが、十分な成果が上がっているとは言い難い。社会制度のみならず、上記で述べたような社会風土も変革していく必要がある。千葉商科大学経済研究所中小企業研究支援機構でも、社会を変えるイノベーションを創出する一助となるために、大学の研究機関として、失敗を恐れない起業家精神の育成、社会制度のモニター及び周知・啓蒙、ベンチャー起業の支援等を積極的に行っていきたいと考えている。

本稿は、「イノベーションを生むベンチャー支援」(中小企業支援研究 Vol.4)を加筆・修正したものである

参考文献

  1. iTimmons, J.A. 1994. New Venture Creation: Entrepreneurship for the 21st Century. Fourth edition. Irwin Press, Burr Ridge, IL.
  2. ii中小企業白書(2012年版) http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H24/PDF/h24_pdf_mokuji.html
  3. iii起業家精神に関する調査(GEM調査) http://www.vec.or.jp/report_statistics/gem/
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