人工知能と会計

2018年6月6日
千葉商科大学経済研究所 所長 橋本 隆子

—「会計監査係員」はなくなる職業?—
2015年12月、株式会社野村総合研究所(以下、野村総研)は、英オックスフォード大学の人工知能研究者 マイケル・オズボーン准教授との共同研究として、「10~20年後に、日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能になる」との予測を発表した[1]。野村総研は併せて、「人工知能やロボット等による代替可能性が高い100種の職業」も紹介している。その中に「会計監査係員」が含まれている。実際、伝票起票、帳簿記帳、決算書の作成といった比較的単純な経理業務は、既にERP(Enterprise Resources Planning)などのシステムによって実現されている。ルーティンワークの自動化は、コンピュータが最も得意とするものであり、企業において多く人員が削減されている。一方会計業務は、売上管理、コスト管理、利益管理といった管理会計と、自社の経営実績を社外に公表する財務会計から構築されており、さまざまな知識や評価が必要とされる。一般に知識や経験が必要とされる業務は、情報技術による代替は容易でないと考えられてきた。しかし、近年の人工知能技術の進展により、会計業務に必要とされる専門知識や経験をコンピュータ上で再現することが可能となってきた。会計業務に従事する人員の削減も期待されているのである。例えばクラウド会計ソフト「freee」を展開するフリー株式会社は、300人規模の企業であれば、経理担当は0.8人で済むと試算している。こうした状況に危機感を抱いている会計士・税理士も少なくない。

—人工知能でどのような会計業務ができるか?—
人工知能でどういった会計業務が代替できるのかについて考えていきたい。「freee」のようなクラウド会計ソフトの活用により、決算書・確定申告書類等の自動作成や経営状況のリアルタイム把握などが可能となる。それに加えて、「勘定科目の自動推測」、「不正会計検出」などに人工知能を活用することが期待されている。
クラウド会計ソフトは、企業の取引明細を自動で取得する。取得するデータは「日付」、「取引金額」、「入出金の相手先等の取引内容」となる。企業が会計帳簿を作成する際には、この3つのデータに基づいて会計上の勘定科目を設定・登録するが、人工知能技術を活用すれば、この勘定科目の推測が可能となる。たとえ特別な固有名詞(「○○株式会社」や「○○事務所」といった一般的でない名称)であっても、何回か帳簿に手動で登録すれば、人工知能の機械学習技術により、自動的に推測が行われる。Googleのgmailのやり取りや検索履歴・カレンダー等を活用することで、学習は更に容易にかつ高精度になる。「勘定科目の自動推測」によって、税理士・会計士が担っている記帳代行等の帳簿作成業務が大幅に縮小することが予想される。
「不正会計検出」関しては、2017年11月、大手監査法人である新日本監査法人が、人工知能を活用し会計仕訳の異常検知アルゴリズムを実用化したとの発表を行った[2]。このアルゴリズムは、会計仕訳データから人工知能が取引パターンを学習して異常仕訳を自動的に識別するものである。従来、異常仕訳の抽出は、監査人が一定の仮説に基づいて検索条件を設定し、これに該当する異常な仕訳を抽出する手法が取られてきた。一方本手法は、何万パターンにもおよぶ会計仕訳を機械学習し、収益の過大計上や費用の過少計上などの異常な仕訳を人工知能が自動的に検知する。パターン認識もコンピュータが得意とする作業であり、従来の人手によるチェック業務を大幅に軽減することが可能となる。
専門知識や経験が必要であった会計業務も人工知能に取って代わりつつある。人工知能の普及によって税理士・会計士の専門知識の業務が縮小し、会計業務に求められる業務やスキルが大幅に変わっていくことが予想される。

—変化の時代を生き抜くために—
人工知能技術の台頭は避けては通れない。我々はこうした変化をしっかりと把握し、適切に対応していく必要がある。いたずらに危機感を抱くのではなく、この変化の時代を生き抜くために、何を学ぶべきか、どのような付加価値を産んでいくべきかについて考えていくことが重要である。忘れてはならないのは、人工知能は評価・判断をしているわけではなく、膨大なデータを学習し、それに基づいて分類をしているに過ぎないということである。例外的な事象が発生した場合、人工知能では正確な判断ができない可能性がある。状況に応じて柔軟な判断をしたり、人の心に響くアドバイスやコンサルティングしたりすることも難しい。人工知能が経験や知識を再現可能な時代を迎える今だからこそ、会計の基礎知識を正しく身につけ、柔軟な判断・意思決定・アドバイスができるスキルを育成する必要がある。それがこれからの会計業務を担う人材にとって重要な付加価値となると筆者は考える。

参考文献

[1] 野村総合研究所、日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に
https://www.nri.com/jp/news/2015/151202_1.aspx
[2] EY Japan BMC、AIによる会計仕訳の異常検知アルゴリズムを実用化
https://www.shinnihon.or.jp/about-us/news-releases/2017/2017-11-06.html

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