• 日米IT産業のグローバル展開と経済社会の変遷
  • 国府台経済研究第21巻第1号[2011-3-31発行]
    プロジェクト代表 千葉商科大学商経学部教授 小倉 信次
  • 問題関心と共同論文構成について
  •  ここに掲載された諸論稿は、日米のグローバル展開するIT産業の実態とその経済社会への影響を明らかにすることを目的に立ち上げられたプロジェクト(6名構成。2007年4月~2010年3月の3カ年)による研究の成果を取りまとめたものである。プロジェクトとして共有した問題関心は、ITなどハイテク産業の集積(産業クラスター)と移民労働者の実態を明らかにし、さらにそれら相互の内的関連を浮き彫りにすることにあった。
     統一論題の下に異なる諸見解を集めた研究成果(いわゆる論文集)と統一論題に加え結論も共有する厳密な意味での共同研究を両極とすれば、統一論題から問題関心までを共有した当共同研究はこれら両極の中間に位置しているように見える。
     担当した箇所を個人の文責において執筆するには、プロジェクトメンバーの自主的で旺盛な研究活動と鮮明な問題関心が重要となるため、グループ活動については問題関心を擦り合わせ、共通した目標に向かうのに有効と思われた企画だけに限定することとした。公開セミナー・海外調査・内部向け研究会の開催がそれである。以下では、公開セミナー・海外調査の概要紹介と併せて問題関心の在りかを、また内部向け研究会の概要紹介と併せて、研究における当共同研究の立ち位置をそれぞれ示したいと思う。上に記した問題関心も、その一部はプロジェクト発足後の共有化努力によって形成されたものである。

  • 1.公開セミナー・海外調査と問題関心
    (1)公開セミナー

     公開セミナーは2007・2008両年度にそれぞれ3回ずつ開催された。問題関心に即して、アメリカ西海岸のIT産業クラスターやわが国の産業クラスター政策の実態に係わるものと、シリコンバレーやロサンゼルス地域における移民労働者の実態を扱うものが中心となった。講師のお名前とそのタイトルは次の通りである。
    〈2007年度〉
    第1回 庄司啓一・城西大学准教授(開催当時の肩書。以下同様)「シリコンバレーにおけるアジア、ラテンアメリカからの移民-ハイテク産業における移民労働者を中心に-」(2007年11月17日)
    第2回 山崎朗・中央大学教授「わが国の産業クラスター政策」(2008年2月23日)
    第3回 高須裕彦・一橋大学大学院社会学研究科フェアレイバー研究教育センター・プロジェクトディレクター「ロサンゼルスの新しい労働運動と移民労働者」(2008年3月4日)
    〈2008年度〉
    第1回 市村雄二・NECグローバルサービス事業部長代理「シリコンバレーより」(2008年12月4日)
    第2回 松永京子・日本学術振興会特別研究員「カリフォルニアにおけるメキシコ系労働者と環境正義の問題」(2009年3月4日)
    第3回 山縣宏之・立教大学准教授「シアトル・ソフトウェア産業クラスターの構造と展開」(2009年3月16日)

    (2)海外調査

     2009年9月末の海外調査は、繰り返しになるが、問題関心に即してサンフランシスコ・ベイエリア(特に、シリコンバレー)とロサンゼルス地域におけるITなどハイテク産業集積地と移民労働者の実態を調べるために実施されたものである。
     調査に当たっては、サンノゼ・パロアルトを中心に広がるシリコンバレーの産業集積地だけを対象とするのでなく、シリコンバレーをサンフランシスコ・ベイエリアという大都市圏(大都市経済圏)のなかでとらえ、その大都市圏の産業活性化に果たすシリコンバレーの貢献、移民労働者の役割、生活環境への影響等をよく観察する方針をとった。
     この調査の一環として、現地で部内メンバー限定のセミナー(交流会、レクチャー、ブリーフィングの名称にて)を開催した。講師のお名前とレクチャー等のタイトルは下記の通りである。
    第1回 西浦泰明氏(デロイト社パートナー)「人材流動化時代の「会社と個人」を考える」(9月23日)
    第2回 戸島大介氏(NEC Corporation of America)「Silicon Valleyの概要 The Frontier of Emerging Opportunities」(9月24日)
    第3回 荏原昌氏(JETROサンフランシスコセンター)「シリコンバレー,SFベイエリアの概況について」(9月24日)

     当プロジェクトにとって問題関心の共有化は重要な作業だったが、プロジェクト3年目に入ると、その問題関心の方向そのものを検討し直し、最小限の措置として関心の幅なり領域なりを幾分か広げるべきことが明らかになった。当プロジェクトを申請したのは2006年秋であったが、その後、アメリカ経済が2008年9月のリーマンショックを機に、住宅バブルの崩壊と未曾有の金融危機に見舞われ、またオバマ政権が登場するなど、調査対象としていたシリコンバレーを含む西海岸の経済環境、政治・社会環境が様変わりしたためである。
     高機能携帯電話の普及やタブレット型携帯端末の登場などがIT産業の枠内での進化とすれば、テスラなどの電気自動車ベンチャーやスマートグリッド構想などは、たとえシリコンバレーのIT企業が関与していてもIT産業本来の枠組みに収まらない新たなイノベーションの胎動を示すものであり、シリコンバレーはIT産業のメッカから再生可能エネルギー、環境技術産業の集積地へと移行し続けている。テスラを視察対象に加え、現地セミナーで講師に環境・エネルギーをめぐるベンチャー投資の動向について熱心に質問したのもこの問題関心見直しの反映である。

    2.内部向け研究会と当共同研究の立ち位置

     当プロジェクトは、メンバーのみによる研究会を開催し、アナリー・サクセニアン(カリフォルニア大学バークレー教授)の著書『最新・経済地理学 グローバル経済と地域の優位性』2008年 日経BP(AnnaLee Saxenian, The New Argonauts: Regional Advantage in a Global Economy, Harvard University Press, 2006)を検討した。同書は、インド・中国等からの外国人・移民起業家(アルゴノーツと呼ぶ)がシリコンバレーの発展に果たした肯定的な役割に光を当てようという極めて斬新なものであるが、当プロジェクトの問題関心であるIT産業の集積と移民労働者の内的関連を正面から扱った数少ない先行業績の一つであった。
     ITバブル崩壊後にアルゴノーツがシリコンバレーから母国に帰り、母国でのIT産業育成に貢献したことが知られているが、問題はこれをどう評価すべきかにある。全米競争力評議会報告書「イノベート・アメリカ」(パルミサーノ・レポート)等に見られるように、アメリカ系企業自身が進めた活発なオフショアリングともあいまって、自国IT業界に空洞化をもたらし、また恐るべき潜在的競争者を育てるという意味でネガティブな評価を受けていたアルゴノーツが、サクセニアンにおいては、シリコンバレーモデル成功の秘訣として極めて高く評価されている。
     なお、サクセニアンも参加しているスタンフォード・プロジェクトについて若干付言しておきたい。スタンフォード・プロジェクトとは、スタンフォード大学アジア太平洋研究センターの研究プロジェクトStanford Project on Regions of Innovation and Entrepreneurship(SPRIE)のことである。すでにその成果が、チョン・ムーン・リーほか編『シリコンバレー なぜ変わり続けるのか(上・下)』2001年、日本経済新聞社(Chong-Moon Lee et al. (ed.), The Silicon Valley Edge: a habitat for innovation and entrepreneurship, 2000) として出版され、サクセニアンも論稿「移民起業家のネットワーク」を寄せている。移民起業家(アルゴノーツ)の概念もすでにそこで提示されている。
     スタンフォード・プロジェクトによる著書のなかにサクセニアン論文があるか否かに関わらず、アジア太平洋研究センターによって組成されたスタンフォード・プロジェクト自身が、当プロジェクトとは問題関心がオーバーラップしており、その結果として、スタンフォード・プロジェクトの日本分析に参加協力した日本政策投資銀行による調査研究報告もまた当共同研究にとっての先行業績に加わってくる。
     すでに述べたように、サクセニアンの著作は当プロジェクトの研究に先立つ業績として学ぶべきことの多い素晴らしい労作である。ハイテク産業集積と移民労働者の双方を扱うことについては、産業と労働という従来からのフレームワークをベースにしつつ、さらに新たな切り口も求められていた。
     敷衍していえば、併せて論じられるべき経済的諸現象や政治・社会的諸現象、例えば、地域の分業ネットワーク、研究開発・試作機能集積とファブレス化、新興国とのあいだのネットワーク(サプライチェーン)、オフショアリング、頭脳労働者・低賃金労働者の吸引、移民政策の在り方、大都市圏再生と都市型産業、大都市圏における格差問題とジェントリフィケーションや、さらに国の在り方にも係わって、IT立国化の方途と是非、ものづくり擦り合わせ基盤維持の可能性等々の問いに答えられるだけのフレームワークへとブラッシュアップしなければならなかったのであるが、そこへの重要な手掛かりを示してくれていたのがサクセニアンの業績だったのである。
     ただ、サクセニアンの著書の結論すべてを肯定することはできなかった。当共同研究の立ち位置を示すために、サクセニアンに足りないと思われる部分を指摘しておきたい。
     第1に指摘すべきは、サクセニアンは経済地理学や都市論など地域研究の分野で優れた研究を発表しているが、ITあるいは電機・電子産業の分析についてはあまり踏み込んでいない点である。
     第2に、移民起業家(アルゴノーツ)を強調するあまり、高学歴ハイレベルの移民・留学生を扱い、低賃金移民労働者が視野の外に置かれている点が挙げられる。そうなった理由は詳らかでないが、頭脳循環(ブレイン・サーキュレーション)論に拠って、途上国からの頭脳流出(ブレイン・ドレイン)とアメリカ国内にあるハイテク産業流出・脆弱化という現実の両懸念に応えようとしたことが関係していそうである。
     当共同論文は、第1部で前者を意識し、また第2部で後者を意識して執筆されているが、上掲の経済・社会現象すべてが取り上げられているわけではないこと、また総じて、シリコンバレーを世界最先端のIT産業集積地とする当初の問題関心に沿う形で執筆されていることをお断わりしておかなければならない。  

     末尾になったが、この共同研究は既に述べたように、千葉商科大学経済研究所の資金的協力の下に行われた3カ年間のプロジェクト(2007年4月~2010年3月)の研究成果を取りまとめたものである。研究に当たっては、栗林所長(教授)、太田三郎前所長(教授)、研究所事務のお二人、松村千恵子さん、渡邉佳代子さんから大きなお力添えを頂いたことを記し、感謝の意を表したい。

  • 目次
  • 問題関心と共同論文構成について
    第1部 日米IT産業とそのグローバル展開
     Ⅰ 東京湾ベイエリアの産業集積に関する一考察.....小倉 信次 プロフィール
      ―次世代自動車と電機・ITの融合を中心に―
     Ⅱ 日米IT産業のグローバル化と政策展開.....藏田 幸三
     Ⅲ オフショアリングにおける各国の競争力の考察.....高作 典行
    第2部 アメリカにおける移民労働者の諸相
     Ⅰ 米国IT産業における移民労働者.....朝比奈 剛 プロフィール
     Ⅱ アメリカ移民政策と全米商業会議所.....中島 醸 プロフィール
      ―ジョージ・W・ブッシュ政権期の移民制度改革論議に焦点を当てて―
     Ⅲ シリコンバレーと環境正義の問題.....大野 美砂

  • 詳しくは、千葉商科大学経済研究所発刊『国府台経済研究第21巻第1号(2011年3月31日発行)』税込1,000円で配布しております。
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