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融機関の健全性と整合的に発揮されるには、中小企業向け貸出債権の流動化などにより、市場とのリスク・シェアリングを行うことが有効」(p.366)だからである。つまり、金融機関が中小企業向け貸出を行うということは、企業の審査・監視の機能と、リスクを負担する機能とを同時に果たしていることになる。金融システム危機の時期を思い浮かべればわかりやすいが、銀行の持つ企業に対する審査・監視機能は従前通りの水準であっても、銀行のリスク負担能力がなくなると、結果として中小企業貸出を行えなくなってしまう。そうした状況下であっても、証券化の手法が活用できれば、一部のリスクを他の投資家に負担してもらうことで、銀行は企業の審査・監視機能を十分に果たすことができるわけである。また、クレジット・スコアリングは、ソフト情報を重視するリレーションシップ・バンキングと対極にあるものとして認識されることもあるが、村本教授は、わが国では「リレーションシップ・バンキングをクレジット・スコアリングによって補完することはきわめて重要」(p.378)であり、CRDのような信用リスク・データの構築・活用は中小企業金融の重要なイノベーションであることを指摘されている。第8章では、中小企業の持つ知的資産を適切に評価することの重要性と、そのためのツールとしての知的資産報告書について議論されている。特許権などの知的財産(知財)に対しては担保の対象にするなど金融に活用されはじめているが、知的資産は「バランスシートに表れないが、人材、技術、技能、知財、組織力、経営理念、顧客とのネットワークなどの経営資源」(p.447)であり、知財よりも幅広く企業の持つ強みを示す概念であり、まさに非財務情報の中核部分である。「サービス業中心のナレッジ型経済ではリレーションシップ・バンキングがより重要な手法になり、融資においてデフォルト損失の軽減よりも、デフォルト確率に影響するキャッシュ・フロー評価に重点がおかれ、企業の継続的なキャッシュ・フローの創出能力の評価すなわち知的資産経営がより重要視されるようになった」のである。そして、地域金融機関はソフト情報に基づくリレーションシップ・バンキングを推進してきたが、これまで職員が個人のノウハウとして構築してきた「ソフト情報をいかに共有し、データベース化するかがリレバンを活かすポイントになる」(p.459)。それを具体化する試みとして、知的資産報告書を位置づけるべきことが主張されている。紙幅の関係でほんの一部の議論を紹介しただけであるが、評者は、本書の最も中心的なメッセージは、「日本の中小企業支援・政策は、金融支援等多面にわたっており、諸外国と比しても先進的なものと整理できる」(p.19)ということだと感じた。とくに、中小企業の発展を支援するという観点で、最近の金融イノベーション(ABL、電子記録債権、DDSなど)の役割を強調されている点に共感した。金融のイノベーションというと、貪欲な金融資本家が濡れ手に粟の手法を開発することのような印象を持つ人が少なくないが、真っ当な金融イノベーションは企業活動の円滑化に資するものだということを改めて社会に説いているのである。本書は、世界の先端の水準にまで発達してきた日本の中小企業支援システムの詳細を議論することで、これから進むべき方向性を確認し、さらには課題を明らかにしている。評者のような研究者は、ついつい細部を見てしまうが、全体像を改めて学べる貴重な研究業績であり、一方、金融支援に取り組んでいる行政当局(地方自治体を含めて)、地域金融機関、各種の支援機関などの関係者にとっては、自らの行っている活動の位置づけを確認できるであろう。さらには、海外の関係者にとっても、(日本語である点はネックかもしれないが)日本の経験を学べる絶好の著書である。今春、村本教授は、長年勤務された成城大学の定年をお迎えになると伺っているが、ご健康に留意されて引き続き学界だけではなく、現実の政策をリードしていただきたいと願っている。53中小企業支援研究 Vol.3

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