中小企業支援研究No4
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本書は、前田進氏が長年にわたり携わってきた小売業に関する研究成果の集大成ともいえる著作であり、コンサルタントとしての実務経験にも裏打ちされた「小売業のマーケティングの体系の再構築」に取り組んだ意欲的な著作である。今日のマーケティング研究は、暗黙のうちに、大規模な製造業を中心に体系化されており、中小企業、特に流通業を念頭においた体系とは言い難いところがある。前田氏は、そのような現状の問題点を克服すべく、小売業を念頭においた新たな理論体系の構築を試みるものであるが、研究の到達点としては、製造業とは異なる小売業独自のマーケティング・マネジメントの一般理論の構築を最終到達点と考えている。本書は以下のような構成となっている。序章において、本研究の背景、意義、および問題の所在について指摘した後、第1章から第4章で、これまでの小売マーケティングの研究の特徴と問題点の抽出およびそれに基づく前田氏の新たな理論枠組みの提唱、続く第5章では、顧客接触空間への実務的適用を検討している。そしてかかる研究成果のまとめ、積み残された課題、さらに研究の今後の方向性を指摘した結章から構成されている。本書を読み進めていただくうえでのキーワードが本書の副題となっている「アトモスフィア」である。前田氏は「まえがき」で、小売企業の顧客を起点とした小売マーケティングの重要性を指摘しており、顧客を買い物空間に牽引するには顧客の情緒に訴えるためのアトモスフィアが重要であるとして、「「アトモスフィア」を触媒とした小売マーケティングとそのマネジメントの重要性」を提唱している。前田氏の主張の根幹はどこにあるのか。以下でその優れた論理展開を紹介していきたい。それを理解するにはまず本書の構成から見ていく必要がある。本書は全7章から構成されている。第1章「小売業のマーケティング研究の変遷と小売マーケティング・マネジメントの必要性」では、マーケティング研究において小売業研究がどのように位置づけられ、どのような内容が取り込まれてきていたのか、20世紀初頭の文献から渉猟することでその確認作業を行っている。そこから導き出された結論として、 アメリカにおける初期の著名なマーケティング学者であるPaul Henry Nystromの研究の重要性を指摘するに至っている。本章では、かかるNystromの主要文献5冊を詳細に検討し、彼の論理の中に「アトモスフェリック・マーケティング」の萌芽を見いだし、そこからこれまで明確にされてこなかったNystromの理論的フレームワークを提示しており、それが本書の骨子となっていることを明らかにしている。第2章「小売業のマーケティング・マネジメントの概念整理とMCサークルによる体系化」では、前田氏の主張するMCサークル(Management Concentric Circles)という小売のマーケティング・マネジメントのモデルを提案している。ここに本書の真骨頂がある。そのモデルを提唱するに当たり、小売業経営研究の変遷の整理を試みている。本章では、戦略論がマーケティング研究に導入される1980年代以前と以後に大別し、詳細に多数の研究者の研究業績をレビューしている。さらに、我が国における小売業研究についても、その研究の潮流の中に、前章で紹介したNystromの研究成果が大きな影響を与えていることを指摘している。そのうえで、これらの研38中小企業支援研究書 評前田 進(まえだ すすむ)著「小売・サービスの経営学-アトモスフィア理論へのアプローチ-」同友館 2016年4月刊井上 崇通明治大学商学部 教授

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