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6中小企業支援研究めのセーフティネットが存在しないため、失職への恐怖観が増幅されている。こうした経済制度のもとで、大学教員等の研究人材だけに任期付雇用制度を導入することは、研究部門従事者だけが大きな雇用リスクを担うこととなる。雇用リスクが高くても、プロスポーツ選手のようにそれに見合う高い報酬が保証されているのであれば問題はないが、我が国では研究人材の給与水準はその学歴等を勘案すれば低いと言わざるを得ない。つまり、大学教員等の研究職は「ハイリスク・ローリターン」な職業へと変貌していることが、元々研究者養成指向が強い大学院博士課程への進学を躊躇させている。大学教員や研究機関研究員に雇用期限付きの身分、例えば「特任教授」や「特任研究員」、が近年増加しているもう一つの要因は、競争的研究資金が近年急速に増加していることである。こうした資金は採択された研究プロジェクトに対して、通常は3~5年の期間を限定して研究資金を交付するもので、そのプロジェクトの実施期間に限定して専門分野の研究員を「特任〇〇」として採用するものである。実際、最先端の研究機関ほどこうした任期付研究職員の比率が高くなっている。例えば、ノーベル賞受賞者の山中伸弥教授が所長を務める京大iPS細胞研究所では研究職員の90%が任期付の身分である。また、文部科学省調査にもとづく内閣府の資料(https://www8.cao.go.jp/cstp/stsonota/katudocyosa/h27/sihyo4.pdf)では、40歳未満で任期付の国立大学教員の比率は2009年度の76.4%であったが2016年度には84.9%に達し、40歳未満ではほとんどの教員が任期付身分となっている。長期安定的雇用制度が定着している日本で、不安定な雇用制度下にある研究者を職業として志望する若者が減少することは避けえないであろう。身分が不安定な任期付雇用制度下にある大学教員や研究職員の中には、任期内に正規雇用の職が得られるような研究業績を挙げねばならないという過大なプレッシャーに耐え切れずに、論文の改竄などの研究不正に走るケースも少なくない。また、短期間に成果が期待できる革新度の低い安易な研究テーマを選好する傾向も見られる。こうした問題によって日本人研究者が発表する論文への国際的評価の低下が憂慮される。科学技術政策を担う政策当局もこうした問題を認識しており、文部科学省編『科学技術白書2018年』では研究活動成果停滞要因の分析に多くの紙面を割いている。また、有望な若手研究者に明確な将来展望を持たせるための新制度が実施されている。これは博士学位取得10年以内の研究者を対象に公正な選別課程を経て、5年任期を付して雇用し、研究主宰者(PI)として自立して研究活動に専念できる環境を与え、任期終了時にテニュアポスト審査を経てテニュアポストに就かせるという、テニュアトラック制度で、2006年度からモデル事業として実施し、2011年度からは本格実施している。このテニュアトラック制度は米国で普及している制度を導入したもので当初は「日本版テニュアトラック制度」と呼ばれていた。確かにこの制度は若手研究者に従来よりも安定した地位を与える効果が期待されるが、その採択人数は少数であり、抜本的な改善には程遠いといえよう。日本の雇用制度を前提にすれば、大学教員等の研究職を任期付雇用にすることはあまりにも問題が多い。日本の長期・安定的雇用制度に適合させるためには、助教制度を任期付から原則無期限雇用に改めたうえで、准教授への昇任審査に外部の専門家を審査委員に加えるなど昇任基準を厳しくすること。また、研究活動へのインセンティブを強めるために、准教授・教授の給与水準を大幅に引き上げるなどの制度的工夫が必要であろう。4.中小企業における高度技術人材の活用21世紀初頭に大学院重点化政策がとられ、大学院生の定数が拡大された背景には、産業技術の高度化によって民間企業で大学院博士課程を修了した高度技術人材への需要が拡大する見通しが政策当局者にあったためかもしれない。しかしながら、我が国企業は、依然として学部・修士卒業者のみを採用し、前述のように、それまで企業内部に蓄積した独自の技術資源をもとに累積的技術開発を行うスタイルを継承してきた。実際、2016年度においても博士学位取得者を雇用している企業の比率は4.6%と先進諸国では最も低い水準にある(図表7参照)。企業内部の技術資源に依存した日本企業の技術開

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