View & Vision44
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4344トピックスためには、経営理念を単なるタテマエの価値観や原則にとどめることなく、それを行動の基本的仮定として浸透させることが要請され、経営理念は、組織文化の形成・維持や変革に携わる経営トップのリーダーシップに不可欠な要素といえる16。 今村氏は、復興庁が掲げる「被災地に寄り添いながら」という基本理念と大きくかけ離れた発言から、不信を招いてその職を追われた。仮に、今村氏が復興庁のトップとして、この基本理念の存在をタテマエの価値観や原則にとどめることなく、それを行動の基本的仮定、すなわちホンネの価値観として浸透させるという復興庁におけるトップとしてのリーダーシップを十分に発揮していたならば、あのような失言はなかったことが推察される。 つまり、組織のトップが、たった一言がきっかけとなって信頼を失墜させ、辞任にまで追い込まれてしまうのは、組織の理念をタテマエ論としてだけ捉え、組織トップのホンネがその理念と乖離し、言動不一致を生じさせることによって、信頼が損なわれてしまうことが大きな要因といえる。したがって、組織のトップが、ホンネと整合性のある借り物ではない本物の経営理念に支えられたリーダーシップを発揮していれば、そのような過ちを犯すことはないのであろう。 以上から、中小企業が本格かつ持続型の成長を果たすためには、それを実現させるための合理的な戦略や計画と整合性のあるタテマエではないホンネ、すなわち借り物ではない本物の経営理念に支えられた経営トップの真のリーダーシップが、存分に発揮されることが求められるといえよう。 このように、リーダーシップが意味のある影響力であるためには、経営理念を単なるタテマエの価値観や原則にとどめることなく、行動の基本的仮定、すなわちホンネの価値観として、本物の経営理念を浸透させることが条件であることはわかった。 それでは、経営理念をホンネの価値観として浸透させるためには、どうすればよいのであろうか。ここでは、経営理念をホンネの価値観として浸透させるための条件、すなわち経営理念が効力を発揮する前提条件について考えてみたい。 清水[2000]は、地位や権限、財力、強制力などによって人々を統率するのではなく、民主主義や人権が重視される現在においてリーダーシップを存分に発揮するには、リーダーと人々との間に安定した信頼関係の存在が最も重要な前提となっていると指摘している17。 また、1993年6月に、危機的状況にあったWOWOW社18の代表取締役社長に就任し、同社を再生させるために尽力した佐久間昇二氏は、経営理念を形成するには、社員との信頼関係が必要であるとし、次のように指摘する。 WOWOWに来て驚いたことに、この会社には経営理念がありませんでした。松下電器で長く仕事をしてきた私には、経営理念がない会社など信じられません。これでは、何のためにこの会社はあるのか、何を目指して経営をしていけばいいのか、わかりません。「外」の人たちに我々の商売に対する考え方を説明することもできません。  私はすぐにでも経営理念を作りたかったのですが、時期を待ちました。就任早々の社内の雰囲気は「なんや関西の電機屋のオヤジがやってきて、なんぼのもんや」というようなものでした。私自身がまず信頼されなければ、いくら経営理念を提唱してみたところで、実のある内容にはならないからです。私が「経営理念を作ろう」と提唱したのは、社長就任から二年がたってからでした19。 ここで注目すべきなのは、経営理念を必要としながらも、敢えて、その作成を2年間先送りにした点である。佐久間氏は社長に就任したばかりであり、タテマエとしての価値観とホンネとしての価値観である言動を一16 金井壽宏[1986]「経営理念の浸透とリーダーシップ」, 小林規威・土屋守章・宮川公男編『現代経営辞典』日本経済新聞社, 172頁17 清水龍瑩[2000]「社長のリーダーシップ—他人に任せられない経営者機能—」『三田商学研究』第43巻第1号, 108頁18 同社は、現在においては東京証券取引所の第一部市場に上場する企業であり、中小企業ではない。しかし、本稿では、1993年頃の同社を考察しており、当時においては非上場企業であり、従業員数も207人という比較的規模の小さな経営理念を有しない債務超過企業であった。19 佐久間曻二[2005]『「知恵・情熱・意志」の経営—映像コンテンツ・ビジネスを支える「古くて新しい」原則—』ダイヤモンド社, 15-16頁III 経営理念が効力を発揮する前提条件

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