view&vision48
21/74

特 集EBPMと行政事業レビュー1948す」「代謝力を高める」といったものが考えられ、その次に「運動量を増やす」ための具体的な方法として「帰宅後にランニングする」「通勤は一駅歩く」などの具体策に到達し、もう一方の「代謝力を高める」ためには、同じように「筋トレをする」「ストレッチをする」といった具体的な方法が求められる。このように「目的」を出発点とし、その「十分条件」を抽象度の高いものから具体性の高いものへとレイヤーを下げていくと、綺麗なロジックツリーができあがる。次に検討しなければならないのは、実際に実施するために、ロジックツリーの末端にある具体的な方法のなかから優先順位を決めることである。その方法としては、コストとパフォーマンスを軸とした無差別曲線上に選択肢をプロットすることにより、実現可能性と効果の高いものから順位を付けることが可能である。その時に並行して考慮すべきは、それぞれの選択肢の関係性である。両立できないもの、効果を抑制し合うもの、逆に相乗効果をもたらすものなど、さまざまなケースがありうるので、それらを踏まえた選択肢の順位付けがなされなければならない。またそのプロセスにおいて、すでに実証データなどが存在する場合はそれを活用すべきであるが、存在しない場合においては、推論に基づいて順位付けした事業を実施しながら、コストパフォーマンスや選択肢同士の関係性などを継続的に測定・検証し、以降の選択肢の変更や事業そのものの継続の判断材料にしていく必要がある。こうしたプロセスの繰り返し、つまりPDCAサイクルによって、目的に対してより生産性の高い事業に改善していくことこそが、まさにEBPMの神髄であると言える。再ロジックモデル化の課題9こうしたロジックモデル構築の作法の観点から既存事業のEBPMによる再ロジックモデル化を概観すると、大きく3つの課題が存在すると指摘できよう。第一に、目的からその十分条件を探るという形式は整えられるが、既存の事業が存在するために、十分条件がすぐに具体的になり、他の選択肢が排除されてしまう点である。別の言い方をすれば、目的と手段の同一化がなされるということであり、それは本稿の対象となった事業において「機能性表示食品制度を農産物にも広げることで国産農林水産物の新たな市場創出を目的としたものです」という農水省の説明者の言葉にもあらわれている。抽象度の高い十分条件が検討されないがために、この段階でロジックツリーは単線になり、既存事業よりコストパフォーマンスが高い可能性のある選択肢がまったく議論されなくなる。政策立案者の関心事が再ロジックモデル化による既存事業の正当化にあるだろうことは理解できるが、これではEBPMによる再ロジックモデル化の意味がない。第二に、この問題を克服できたとしても行政組織上の制約があり選択肢の実行性が担保されない恐れがある。再ロジックモデル化することによって、抽象度の高い十分条件から議論を始め、新たな選択肢に到達しても、当該事業担当外の部門さらには省庁横断的な事業になる可能性があり、いかに論理的かつ実証的に効果がある事業であっても現実的には実行不可能であり、可能にするには強い政治力もしくは行政制度の変革が必要となる。民主党政権時代、行政刷新会議による事業仕分けが行われた際、その対象が各省庁の個別事業から、公益法人、特別会計、さらにそれらの上部構造に位置する政策にまで展開していった。その背景には個別事業の仕分けでは、同目的の他の事業や他省庁の事業との比較検討ができず、改善に限界が生じるという状況があったのだが、省庁横断的な機能を果たすべく設置された行政組織による試みが大きな成果は見い出せなかったことに鑑みると、再ロジックモデル化はもとよりEBPMの実現の困難さは容易に想像できる。第三に、EBPMによる適切な再ロジックモデル化もしくはEBPMによる政策・事業立案ができたとしても、最終的に政策や事業の選択をするのは「政治」という課題がある。いかに政策的な合理性が明らかであっても、政治的な合理性がなければ、その政策や事業の選択はなされない。エビデンスではなく、オピニオンによる政策立案、言うなればOBPM(Opinion Based Policy Making)が優先される。政治の原理からすれば、これは当然と言えるが、社会課題の実質的解決をはかるには、EBPMとOBPMのギャップを最小化する努力が重要となる。そのためには、政治家・政党、行政のみならず有権者の意識変革とともに、いずれはEBPMはAIが果たすことも踏まえた深い議論が必要になると考える。

元のページ  ../index.html#21

このブックを見る