時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

前回は、先進国で持続的な経済成長が実現したのは1820年ごろからで、株式会社制度が現在のかたち、つまり株主の有限責任制が確立してからだ、と述べました。それ以来、世界大戦による中断はありましたが、ほぼ200年間にわたって先進国の成長は持続しました。ところが昨年秋、アメリカのL.サマーズ(ハーバード大学教授、元財務長官)が米国経済の長期停滞の可能性について示唆したことをきっかけに、欧州、日本を含め先進国経済の成長の持続性についての議論が活発になっています。

長期停滞論で有名なのは、アメリカのケインズ経済学者の代表選手でやはりハーバード大学の教授だったA.ハンセンの議論で、わたしも50年前に大学で学んだ記憶があります。彼は1930年代末期に「戦争が終われば軍事需要がなくなるのでアメリカ経済は停滞する」という議論を展開したのです。ハンセンの長期停滞論とは反対に、第二次大戦後、アメリカ経済は「ゴールデン・フィフティーズ」といわれた未曾有の好景気を欧歌しました。

今回の停滞論は、リーマン・ショック後の先進国経済の回復力に力強さがないことを背景にしたもので、人口増加率の低下、技術革新の停滞などによって企業の投資が盛り上がらず需要不足が続く、という議論です。なかでも人口が明確に減少に転じている日本では、労働力不足による供給制約が強く意識されているようです。

日本経済はほぼ20年にわたってデフレを続けていましたから、需要不足が深刻で、これまでは人口減少下でむしろ労働力過剰が目立っていました。高校生や大学生の就職事情もつい最近まで「冬の時代」と言われていました。ところがアベノミクスの効果もあってデフレ脱却の兆しがみえてきた途端に、飲食業や建設現場をはじめさまざまな分野で人手不足が一気に表面化してきたのです。人口減少は数十年にわたって続くわけですから、労働力不足によって長期的に経済成長が制約されると考えるのが自然だとみることもできます。しかし、前回も指摘したように、成長の源泉はあくまで技術革新です。技術革新が今後、長期にわたって起こらないというのなら、確かに成長はストップしてしまうでしょう。

それでは持続的成長が観察されていない1820年以前、あるいは産業革命以前は技術革新はなかったのでしょうか。そんなことはありません。たとえば人類の三代発明といわれる、紙、火薬、羅針盤は、ヨーロッパでいえば中世の時代の中国で発明されました。エジプトを初め古代文明の時代、あるいはギリシャ・ローマ時代、さらにイスラム文明の時代にも大きな発明、発見があったことは間違いありません。ところがそれらは散発的で経済社会への波及力もなかったといわれています。

なぜでしょうか。世界のどの地域でもつい最近まで、王だったり皇帝だったり、ごく一部の権力者が人民を収奪する社会制度、あるいは政治制度が支配的で、ひとびとの財産権がまったく保障されていなかったからだ、というのがD.アセモグル、J.ロビンソン、F.フクヤマなどの最近の分析です。財産権が保障されていなければ発明するインセンティブが失われるからです。

現在は少なくとも先進国では財産権は法律によって確実に保証されています。とすれば長期で見れば技術革新は続き、経済成長も続くとみるのが合理的な気がします。以上、説明がやや短絡的になりました。後日、ふれてみたいと思います。
(2014年8月19日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)ほか