時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

わたしたちは新年早々、いわゆる「イスラム国(ISIS)」による日本人フリージャーナリストの殺害というショッキングな事件に遭遇しました。ISISばかりでなく、アフリカで暴虐の限りを尽くしているボコハラム、イエメンのフーシ派などイスラム系とみられる暴力組織が各地で過激な行動を起こしていると伝えられています。

2000年代初頭のアフガニスタン紛争、つづくイラク戦争がきっかけを作った感じがしますが、いずれも豊かな欧米諸国あるいは欧米文化への暴力的反発といった意味合いが強いように思います。21世紀にはいってどうしてこんな事態が出現したのでしょうか。ここでは経済との関連を探ってみたいと思います。

ハーバード大学のベンジャミン・M・フリードマン教授が近著「経済成長とモラル」で、アメリカを中心に多数の国を対象に経済成長と人々のモラルとの関係を検証しています。しばしば指摘されているように、人々は自分の所得を他人や過去の自分の所得と比較する性行がありますが、所得水準が上昇している時期には、他人との比較をあまり気にせず現在の所得が過去の自分の所得を上回っていることで満足する傾向があるというのです。

フリードマン教授は、こうした観察をもとに、経済成長率が高く所得水準が上がっているときには、他人に寛容になり、社会のさまざまな問題に関心を持つようになることを実証しています。反対に経済成長が停滞し、所得が上がらなくなると、利己的になり、他人への「寛容さ」が失われ、社会の変革が困難になることも明らかにしています。したがって、政府は経済成長率を高める政策を採用すべきだ、というのがフリードマン教授の結論となっています。

ただ、こうも指摘しています。「社会的政治的な進歩をもたらすには、経済的な進歩が広範に共有されている必要がある」と。欧米諸国の経済成長を長期にわたって観察したA.マディソン教授は、1950年代から70年代半ばまでの世界的な経済成長期を「黄金時代」と表現していますが、その後、アメリカでは1970年代半ばから1990年代なかにかけて経済停滞が続きました。フリードマン教授はこの時期に移民に対する大衆レベルの反感が大きく高まったと、述べています。

21世紀に入ってリーマンショック(2008年9月)までアメリカを中心に世界的に経済成長率が高まりました。しかし、アメリカでとりわけ顕著にみられるように所得格差が大きく拡大しています。J.スティグリッツ教授は所得格差は各国間でも大きく広がってきていると強調しています。成長率が高まっても「経済的進歩が広範に共有される」とう状況ではなくなってきており、国内的にも国際的にも「寛容さ」が失われつつある、というのが現在の姿ではないのでしょうか。

イスラム過激派が暴走していることの背景に格差の拡大という現在の経済システムの欠陥がひそんでいることは間違いないといえましょう。
(2015年3月27日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)ほか