時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

安倍内閣は「1億総活躍社会」の構築を成長戦略の柱に据えました。人口減少下で日本経済の活力を維持するにはすべての人々が自分の能力を最大限発揮できる環境を整えなければならないことはいわば自明のことといってよいでしょう。かつて英国のブレア労働党内閣で全国民の社会参加を政策のスローガンにかかげたことを思い出します。

アベノミクスではとりわけ、女性が働きやすい環境作りが強調されています。女性が働きながら子供を育てることができれば出生率が高まることはフランスなどの経験から明らかですし、労働力の減少を緩和する大きな要因ともなります。これに関連して最近、知人のある高名なエコノミストが興味あるデータを収集し提供してくれました。

よく指摘されますが、国内でも地域によって出生率に大きな差があります。厚生労働省「人口動態統計」によると島根県、福井県、宮崎県などの出生率が平均をかなり上回っていることがわかります。なぜでしょうか。関連データを集めますと、次のような仮説が浮かび上がります。

男女含めて長時間労働が少なく、通勤時間が短い地域の出生率が高い、ということです。理由として考えられるのは、共働きでも、男女とも自由時間が長ければ、家庭で子供の面倒を見る余裕ができます。したがって子育てしながら女性が働ける、というわけです。またこれら出生率の高い県は、共働きが多く、3世代世帯が多いといわれています。それだけでなく初等・中等教育で高い成果をあげている県とかなり共通しています。

また女性が家事にとられる時間が長いのは各国共通ですが、日本はとくに長く、男性は労働時間が極端に長く、したがって家事にかける時間が他国に比べ圧倒的に少ないということを明らかにした研究もあります。ここから見えてくるのは、女性の労働参加を促進し、同時に出生率を高めるには、とりわけ男性に長時間労働を強いている現在の日本の働き方を抜本的に変える必要があるということではないでしょうか。働き方革命が不可欠なのです。

これに関連して2017年4月に予定されている消費税増税について触れておきましょう。というのも消費税増税分は、年金、医療、介護、少子化対策(子育てなど)の社会保障4経費に充てることが3党(自由民主党、公明党、民主党)の合意で決まっているからです。消費税は社会保障制度充実のために充当する目的税なのです。政府は女性の活躍促進のために保育所の大幅な増設、待機児童ゼロ目標をかかげておりますが、子育て支援対策を強化するには、予定通り、消費税増税を実行し財源を確保する必要があると思います。ところが夏の参院選挙を前に、最近、与党の間で増税延期論が出てきているということです。これでよいのでしょうか。いずれかの機会にこの点を論じてみたいと思います。
(2016年4月14日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか