時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

三菱自動車が長年にわたって軽自動車の主力車種で燃費データの改ざんを行っていたことが判明しました。実は同社は以前にリコール隠しが判明し、厳しい経営難に見舞われていますから、今回の不祥事はこの10数年で二度目ということになります。燃費データの改ざん事件では、昨年、ドイツのフォルクスワーゲン社が問題になりました。同社は対象車のリコールなどの費用として日本円でほぼ1兆円の引当金を積んだと報道されています。一方で、日本を代表する総合電機メーカーの東芝が、利益を実際より大きく見せる「粉飾」を大掛かりに行っていたことが明らかになっています。この結果、経営陣を総入れ替えする人事案が公表されました。

内外を問わず、大企業が一般の人々の期待を裏切る不祥事を引き起こしているのです。ごく最近、にわかに世界で大きく注目されることになった「パナマ・ぺーパー(パナマ文書)」も大企業の信頼性を損なわせるに十分な内容を持っているように思われます。世界規模の大企業やお金持ちが、いわゆるタックス・ヘイブン(税金が極端に安い国・地域)に資産を移して課税逃れをしている実態が次第に明らかになってくる可能性があります。

ここで思い出すのは、2001年12月に明らかになった「エンロン事件」です。当時、金融技術を駆使して急成長を続け、世界的に話題を集めていたアメリカ最大のエネルギー商社のエンロンが突然、破たんしてしまったのです。原因は、今回の東芝と同様に長年にわたる壮大な粉飾決算が発覚したことでした。問題はそれだけではありませんでした。経営者が、従業員には自社株投資(資産形成を目的に勤務している会社の株式を購入すること)を勧め、自分は粉飾が明らかにされる前に保有していた自社株を高値で売り抜けていたことが明らかになったのです。

当時のブッシュ大統領は、経営者の強欲と悪だくみに激怒し、彼らを「腐ったリンゴだ」と呼びました。この事件をきっかけに、アメリカでは大統領主導で企業統治(コーポレート・ガバナンス)の大改革が行われ、日本をはじめ世界にも波及しました。現在も社外取締役の活用を義務付けるなど経営者の行動を野放しにしないためのさまざまな制度改革が継続しています。

しかし、いっこうに経営者による不正行為、会社の反社会行為はなくなりません。なぜでしょうか。簡単には答えは出ませんが、株式会社の構造そのものに問題の淵源があるように思います。株式会社は、直接的には株主、従業員、経営者で運営されています。この中で会社の経営状況についての情報をもっとも持っているのが、経営者です。会社の所有者は株主ですが、大部分の株主(所有者)は会社の経営に直接タッチしていません。株主は会社の経営を自分たちが株主総会で選んだ経営者に委託しているという関係にあります。

企業のガバナンス(統治)改革は、経営者が会社を私物化するような事態を回避するためにさまざまな仕掛けを作るという方向で行われてきていますが、経営者と株主などとの情報の非対称性がなくなるということは原理的にありえません。とすればどうしたらよいのか。今回は問題提起のみで紙数が尽きてしまいました。リンゴを腐らなくするためにはどうすればよいのか。できれば次回考えてみることにしましょう。
(2016年5月13日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか