時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

日本の参院選挙が7月10日に行われました。この選挙で自民党を中心とする改憲勢力は改選、非改選合わせて164議席を確保しました。これは全議席242(改選議席121)の2/3である161議席を上回ったことを示します。ちなみに改憲勢力は、自民党121、公明党25、おおさか維新の会12、日本のこころを大事にする会3、無所属3です。

改憲勢力が参院で2/3以上の議席を確保したことの意味はきわめて大きいと思います。現在の憲法第96条第1項では憲法改正について次のように定めています。「各議院(衆院と参院)の2/3以上の賛成で国会がこれを発議し、国民に提案してその承認を得なければならない。この承認には、特別の国民投票、または国会の定める選挙の際行われる投票において過半数の賛成を必要とする」。

衆院では自民党、公明党の連立与党だけですでに2/3以上(326議席:2/3は317議席)を確保していますから、今回の参院での2/3確保で憲法改正の発議ができる条件が整ったということになるわけです。

なお長く国民投票の手続きについての規定がありませんでしたが、2007年4月に第一次安倍晋三政権のもとで「日本国憲法の改正手続きに関する法律」が成立し、2010年5月から施行されています。また2015年6月に改正公職選挙法が成立し、18歳以上の国民に選挙権が付与されました。今回の参院選で18、19歳の有権者が投票所に足を運びました。

問題は、今回の参院選で国民が憲法改正に賛成票を投じたのか、ということです。わたしはそうはいえないと思います。憲法改正というと野党は戦争放棄をうたった第9条を改正する意図だとして警戒しますが、憲法は補則を除いて99条までありますし、戦後一度も改正していないのですから時代の変化に合わなくなった部分もあります。しかし、そのことも含めて有権者は今回の参院選で憲法改正を意識して投票したようにはみえません。

野党は憲法改正反対を争点にしようとしましたが、与党はアベノミクスの強化によるデフレ脱却を前面に打ち出し、憲法改正にはまったくといっていいほどふれませんでした。自民党は公約のまさしく最後に「国民の合意の上に憲法改正」として、数行掲げただけでした。「争点隠し」を行ったといわれても仕方がないでしょう。

アメリカの大統領選挙で選挙参謀が「やっぱり経済だよ!」といってきたというのは有名な話ですが、今回の参院選挙でも国民は「経済」に関心を向けたということになりましょう。経済政策では自民・公明と野党は大同小異。社会保障の充実に不可欠な財源だったはずの消費増税についても「実施しない」に足並みをそろえました。どの党も大差ないとなれば、実際に政権を担当している与党に信頼感があるのは当然でしょう。

イギリスの国民投票ではEU離脱(Brexitという造語まで現れました)のアジ演説に国民がやや乗せられた感がありましたが、日本の参院選でもいくぶんだまされたような後味の悪い思いをしている人もおられるのではないか、と推測します。
(2016年8月1日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか