時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

トランプ大統領が就任してちょうど1年。アメリカ第一主義を標榜する新大統領の登場で国際政治はもちろん戦後経済を支えたグローバリゼーションの後退で世界経済も混乱するのではないかという観測が有力でしたが、案に相違してアメリカが牽引する形で世界経済は好景気を持続しています。なぜ想定外のコトが起こったのか。リスクはないのか。今回はこの点を検証してみましょう。

世界経済の好調ぶりを示すのが、3ヶ月ごとに改定されるIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しです。最新の改定見通しが1月22日、世界経済フォーラム年次総会が開催されるスイスのダボスで発表されました。それによりますと世界経済の実質経済成長率は2018年、2019年とも3.9%で、昨年10月見通しをそれぞれ0.2ポイント上回るというのです。実は昨年10月見通しも上方修正されています。世界経済が、最も信頼されているIMFの専門家の予想を上回るスピードで成長していることがわかります。ダボスでの記者会見でラガルド専務理事は「あらゆる兆候が、ことしも来年も好調を継続することを示唆している」と述べています。

この想定外の好景気を引っ張っているのがアメリカ経済です。アメリカ経済はリーマンショック直後から拡大基調を続け、すでに9年目に入っています。しかも成長が加速する気配なのです。今回のIMFの改定見通しではアメリカの2018年の成長率見通しは2.7%と3ヶ月前の見通しに比べ実に0.4ポイントも上方修正されています。実は日本の2018年見通しも1.2%と0.5ポイント上方修正されています。

この大きな原因が、トランプ氏の経済政策にある、というのです。その目玉は、トランプ氏の選挙公約だった大型減税が日の目をみたことです。昨年末、今後10年間で総額1.5兆ドル(法人税減税0.65兆ドル、個人所得減税1.12兆ドルなど)にものぼる超大型減税法案が議会で可決されました。日本円にして年間15兆円を超える減税が10年間続くことになります。大きな成長加速要因であることは間違いなさそうです。

景気循環の側面からみるとトランプ減税は実に大きな意味を持ちます。というのもアメリカのみならず日本の経済もEU諸国の経済も長期拡張を持続してきていて、そろそろピークを迎えてもおかしくない局面にあるからです。アメリカの経済拡大は9年目に入っていますが、ドイツもほぼ9年、イギリスは7年を超えています。日本は安倍首相が1月22日開会の衆院本会議での施政方針演説で「5年間のアベノミクスにより、日本経済は足元で28年ぶりとなる7四半期連続プラス成長—」と述べましたが、景気動向指数による景気拡張期間は高度成長期の「いざなぎ景気」(57ヶ月)を抜き60ヶ月(5年)を超えてきています。したがって「世界の景気拡大はそろそろピークを打つのではないか」「2018年が転換点となるのではないか」という見方が出ていました。この意味でトランプ減税は1種のカンフル剤となったといえましょう。

それではリスクはないのでしょうか。大きく3つ考えられます。第1は、アメリカの大型減税の負の側面です。IMFのモーリス・オブストフェルド首席エコノミストは「アメリカの税制改革(大幅減税)は同国の経常赤字やドル上昇につながり、世界の投資の流れに影響する公算が大きい」と警戒的にみています。筆者も大幅減税の需要拡大効果は逓減してゆき、アメリカをはじめ債務拡大のマイナス面が出てくる可能性がかなりある、と考えています。

第2は、これと関連しますが、世界的な金利上昇です。景気拡大を背景にアメリカのFRB(連邦準備理事会)は昨年12月のFOMC(公開市場委員会)で6ヶ月ぶりにFF金利(政策金利)をそれまでの1.00~1.25%から1.25~1.50%へ0.25%上げました。昨年はこれで3回、利上げしたことになります。市場ではことしも3回程度の利上げを見込んでいます。アメリカの金利上昇は途上国などからアメリカへの資金移動を加速し、世界経済の不安定要因になりかねません。

第3のリスクは、2008年9月のリーマンショック以降の世界的な超金融緩和により、とりわけアメリカでバブル感が強まっていることです。アメリカの株価は市場最高値を更新し続けています。
紙面がつきました。世界経済は「高値警戒!」の局面といえましょう。
(2018年1月24日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか