時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

日本はもちろん世界のマーケットは年初から予想もしなかった大波乱を演じています。荒れるといわれる申年とはいえ、あまりの激動ぶりに唖然としています。株価は世界のすべての市場で暴落を繰り返し、金融市場では欧州や日本で、マイナス金利が現実のものとなっています。なにが起こっているのでしょうか。

2013年のノーベル経済学賞に輝いた米エール大学のロバート・シラー教授は、先月下旬のニューヨーク・タイムズ紙で「株価は市場でどんなストーリーが語られるかにかかっている。そのストーリーが急に悲観論に変わったのだ」としてアメリカ市場に焦点を当てて次のように論評しています。

  • いま語られている市場のストーリーを構成している中身の第一は、中国経済の減速と年初からの中国株価の暴落。しかし、アメリカにとっては、中国向け輸出金額はGDP「国内総生産」の0.6%に過ぎないことを考えると市場の反応はおおげさではないか。
  • 第2は、新年の最初の1週間で株価が急落したことが、心理的に悲観論を増幅していること。しかし、年の初めだからといって、なんら特別な意味はないのだが—。
  • 第3は、極端に低迷する原油価格への懸念。アメリカ人が大好きな「技術革新」によってアメリカはいまや世界トップクラスの産油国になったのに、原油価格暴落で夢が裏目に出てしまった、というわけだ。
  • 第4は、2009年から2014年までに株価は3倍になったが、いまその勢いが逆回転を始めたのでないかという恐怖感。

シラー教授の指摘は以上の通りですが、最近になって、もう一つの役者が登場したのです。
ドイツはもちろん欧州で最強の銀行といわれてきたドイツ銀行の信用不安説が一部で取りざたされているのです。アメリカの大銀行は、2008年のリーマンショック後、リスクを負う投資業務を厳しく制限されるようになりましたが、投資業務をも行えるユニバーサル銀行であるドイツ銀行は、積極的にリスクをとっているといわれてきただけに、うわさが出やすいともいえます。バーゼル規制「国際的に業務をおこなう大銀行への自己資本比率規制」が大幅に強化されてきていますから、ドイツ銀行発の信用不安が起こる可能性はないと思いますが、こんなうわさが出ること自体、いまの市場の脆弱性を物語っています。

この1月末、日銀は史上初めて、ゼロ金利政策からマイナス金利政策に踏み込みました。金融市場はことば通り、「異次元の世界」に入りこんだわけです。「2%の物価安定目標を安定的に持続するために必要な時点までマイナス金利付き量的・質的金融緩和を継続する」というのですが、市場の反応は想定外のものでした。いままでの超低金利が一段と促進するわけですから、円安が進むというのが関係者の事前の読みだったと思われますが、逆に急速に円高傾向となったのです。これにはアメリカが政策金利の持続的引き上げを当面、見送ったとみられることや、欧州発の信用不安の再燃を懸念する空気が出てきたことが影響しているのかもしれません。この円高を警戒して株価も急落しました。

実体経済はこの1カ月で大きく悪化したという証拠はありませんから、シラー教授の指摘のように、市場は「やや行き過ぎた先行き不安のシナリオ」で動いているのでしょう。今後、どのように展開するのか、引き続き見守ってゆこうと思います。
(2016年2月12日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか