時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

アベノミクスの第一段階は所期の成果をあげつつある、という点については多くのエコノミストに異論はないようです。ただデフレから抜け出したかどうかについては、ほとんどの関係者が疑念を持っている、というのが現状でしょう。実際、「異次元の金融緩和」で懸命にインフレ期待を醸成しようとしている日銀自身が自信なさげなのです。

日銀は消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比上昇率が、昨年4月からの消費税増税の影響を除いたベースで安定的に2%となることを金融政策の目標にしています。その消費税増税分は生鮮食品除外ベースで前年比2%程度とみています。さて直近の3月の消費者物価(生鮮食品を除く)は前年比2%上昇でした。したがって消費税増税で上がった分を除くと消費者物価上昇率はゼロ%ということになります。

黒田日銀総裁は、最近の講演で「基調的な物価上昇率がゼロ%から有意にプラスの水準に、いわば構造的にシフトしている。こうした動きはデフレを克服しつつあることを示している」と表現しています。そのうえであくまでも目標は2%上昇であり「2016年度前半ごろの到達を見込んでいる」として、それをできるだけ早く実現するために「現在の取り組みを続けていく」と発言しています。つまり2%目標が達成できるまで、国債を中心にETF、J-REITなどリスク資産をベースマネー(日銀当座預金+日銀券発行高)が年間80兆円のペースで増えるように買い続けるというのです。過剰なマネー供給は将来のインフレにつながりかねません。これはややリスクが高すぎるのではないか、と思います。

わたしは日銀の異次元金融緩和を含むアベノミクスの賛同者ですが、「消費者物価(生鮮食品除く)上昇率2%」という目標の立て方には懐疑的です。現在の消費者物価の動きには原油相場急落の影響が色濃く反映しています。前年比ゼロ%ですが、原油の急落分を除くとかなりのプラスになっているのではないかと思います。原油相場のように日本の財政金融当局の力の及ばない要素は取り除いて考えるべきなのです。さらに2%というインフレ目標を設定するのは、人々の「期待インフレ率」をこれまでのマイナス(デフレ)からプラスに転じさせたいからです。人々のなかには、当然個人だけではなく、経済活動の主役ともいうべき企業も含まれるべきです。そうであれば物価の指標として望ましいのは、海外要因を除いた国内でのすべての経済活動の物価指標であるGDP(国内総生産)デフレーターであるはずです。そのGDPデフレーターは2014年度で実に17年ぶりにプラスに転じ、上昇率は2.5%に達しています。つまり国内要因によるデフレ(ホームメイド・デフレ)はすでに解消したとみることができる、のではないのでしょうか。
(2015年5月25日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか