時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

6月のこの欄で原子力発電問題をとりあげました。東日本大震災による福島第一発電所の激甚災害以降、どのように政府の原子力発電政策が変わったか、原子力発電をめぐる国内外の状況はどうか、について整理しました。今回はその続編です。

8月11日、九州電力の川内原子力発電所1号機が発電を開始しました。福島事故前に54基あった原発は事故後、廃炉が相次ぎ、現在44基に減っています。8月10日まではそのすべての原発が運転停止していました。2013年に国の原子力規制委員会によって施行された新規制基準をすべての原発が満たす必要がありますが、準備が整い安全審査を申請した原発が建設中のJパワー・大間を含め15原発25基。このうちこれまでに合格したのが3原発5基で、その中で川内1号機(2号機も合格済み)が再稼働にこぎつけた第1号というわけです。安全審査に合格しても稼働までには立地自治体の合意をとりつける必要があるなどいくつかのハードルを乗り越えなければならないのです。

報道によりますと、再稼働が実現したことで九州電力の収益は大幅に改善し、電気料金の再引き上げは見送られる見通しだといいます。前回触れましたように、政府は2030年度の電源構成(エネルギーミックス)目標の中で、原発依存度を20-22%(2010年度29%)とする方針を掲げていますが、その第一歩を踏み出せたということになります。

しかし、これで政府の目論見通りにコトが進むのでしょうか。新審査基準では、福島事故のようないわゆる重大事故対策(過酷事故対策)を電力会社による「自主的取り組み」から、「義務付け」に変えました。「重大事故は起きない」といういわゆる「安全神話」から「重大事故は起きる」へと考え方の前提を大きく転換したのです。とりわけ地震・津波など自然災害への備えが厳しく義務付けられました。重大事故を未然に防ぐという意味では大きな前進なのですが、問題はあります。重大事故が起きた際に、住民をどのように安全に避難させるか。この避難計画については自治体まかせで、国の安全審査基準の対象外になっている点は大問題といわざるをえません。川内原発の周辺住民の中にもこの点を不安視する声があるようです。

これに関連してもう一つは、重大事故が起きた際の責任の所在についてです。この点について菅官房長官は記者会見で「安全の一義的責任は新認可取得者(電力会社)にある。国際的にみてもそうだ」という趣旨の発言をしています。しかし、原発依存、原発再稼働は政府の大方針であり、今回の再稼働もその方針のもとで行われているのです。実際、安倍首相は「規制基準をクリアした原発は再稼働を進めていくのが政府の方針だ」と明言しています。電力会社はもちろんですが、政府も大きな責任を負うべきではないかと思います。

再稼働に対する国民の声は十分に伝わっているとはいえませんが、いくつかのアンケート調査では、賛成論が多いとはいえないようです。政府、原発関係者、国民の間の信頼感が不十分では、政府の原子力政策はやがてゆきづまるのではないでしょうか。国民が納得できるように十分に議論がなされる必要があります。そうでなければ放射性廃棄物の最終処分場をどこにするか、という大問題の解決のめども立たないはずです。
(2015年8月28日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか