時論

内田茂男学校法人千葉学園理事長(元日本経済新聞論説委員)による時論です。ときどきの社会経済事象をジャーナリストの視点で語ります。

正月明けから世界のマーケットは激震に見舞われています。世界中の株価が大きく動揺し、原油価格は底が抜けたような急落を続けています。震源地は中国です。中国の株式市場は証券監督当局の株価安定対策(いわゆる暴落時の売買を停止させるサーキット・ブレーカー制度の緊急導入など)の運用の不手際もあって、年初から暴落しました。これが東京、欧州、アメリカなど世界中の株式市場に伝播しました。原油価格は昨年来、下落を続けていますが、1月下旬現在、一向に底を打つ気配がみえません。この基本的な背景が中国経済の減速による原油需要の世界的な縮小だとみられています。結局、昨年からはっきりしてきた中国経済の不調が原因だということです。1月中旬に国家統計局が昨年の各種経済指標を発表しましたので、これをもとに中国経済の現況を分析してみましょう。中国経済が構造変化の渦中にあることがわかります。

まず注目すべきは経済成長率が明らかに低下してきていることです。2015年の実質GDP(国内総生産)の成長率は6.9%と7%を下回りました。中国経済は長期にわたって二桁成長を持続してきましたが、この高度成長も2010年(10.4%)で終わり、その後、年を追うごとに低下し2014年は7.4%でした。政府は2015年の成長目標を7.0に置きましたが、結局、この目標をわずかですが下回ってしまいました。リーマンショック前の2007年には14.2%成長を達成していたのですから、ちょうど半分に低下したことになります。明らかに成長経路が構造的に変化したとみてよいでしょう。

興味深いのはGDPの中身の急速な変化です。産業別にみますと、第三次産業が初めてGDPの半分以上、50.5%を占めました。製造業を中心とする第二次産業は40.5%でこれを10%ポイントも上回ったのです。わずか5年前の2010年には第二次産業が46.2%、第三次産業が44.2%でしたから、様変わりです。産業構造が日本や欧米諸国を追うように急速にサービス経済化の方向に構造転換していることを示しています。経済の成熟化が急進展しているということでしょう。

この点は、GDPを需要の面からみるとさらに明確にわかります。家計消費と政府消費を合わせた最終消費が66.4%でした。2014年は51%でした。わずか1年で15%ポイントも構成比が上昇するなどということはにわかには信じられないのですが、想像を絶するスピードで生産構造も需要構造も変化している、と見るべきなのかもしれません。

同時に公表された消費財の小売り販売額は10.7%増加、なかでもネット通販の販売額は33.3%と急増したということです。

こうした急速なサービス経済化の裏で鉄鋼を初めとした製造業の過剰供給力の問題が顕在化しているのです。

日本の経験に照らしても、高度成長は製造業が牽引しました。生産工程の技術革新によって製造業では生産性が飛躍的に上昇するからです。家電製品など製造業の生産物は旺盛な家計の内需と輸出で吸収され、高度成長が実現したのです。2010年ごろまでの中国もそうだったのではないかと思われます。しかし耐久消費財が普及し、サービス経済化が進展するにしたがって成長率が低下せざるをえません。中国は駆け足でこの段階に移行しようとしているようにみえます。

一方、経済を供給力の面からみても中国の成長率は低下せざるをえない、という見方が有力です。たとえば野村総合研究所の関志雄さんは近著「中国「新常態」の経済」で、2010年頃を転換点に農村部から都市部への労働力供給に限界がみえはじめたと述べています。経済学でいう「ルイスの転換点」、つまり農村部から大都市への労働力供給が減少し、労働力の無限供給が終了する転換点を通過しつつあるというわけです。そうであれば成長力は供給力の面から制約される可能性が高まります。日本は1960年代にこの転換点を通過したとされています。

以上のように、需要、供給の両面から中国経済は構造転換期を迎えているといえましょう。世界経済はしばらくよきにつけ悪しきにつけこの影響を受け続けることになるのではないかと思います。
(2016年1月22日記)


内田茂男常務理事

【内田茂男 プロフィール】
1941年生まれ。1965年、慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部、日本経済研究センター、東京本社証券部長、論説委員等を経て、現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。

<主な著書>
『ゼミナール 日本経済入門』(共著、日本経済新聞社)
『昭和経済史(下)』(共著、日本経済新聞社)
『新生・日本経済』(共著、日本経済新聞社)
『日本証券史3』、『これで納得!日本経済のしくみ』(単著、日本経済新聞社)
『新・日本経済入門』』(共著、日本経済新聞出版社) ほか