第6章 学習指導要領における英語教育観の変遷
(特別寄稿)

小泉 仁


I  本章の目的

 平成10年(1998年)12月,文部省(現・文部科学省)は,小・中学校の学習指導要領を改訂した。翌11年3月には高等学校学習指導要領も改訂され,それぞれ平成14年(2002年)度,15年(2003年)度から実施される。
学習指導要領の記述は,昭和22年試案以来,時代の流れの中で,それぞれの学術分野での時々の研究成果,指導法研究の知見を加え,また,政治,経済の動向も見据ながら,絶えず変化し続けて来た。指導要領の改訂とともにそれが規定する学校の教育課程が変わる。準拠する教科書が変わる。外国語科は特に変化の激しい教科の一つであり,指導する内容や,授業のありかたも変わることを求められ,教員にとっては,指導法に対する意識や英語観までも変えることを余儀なくされている。
 本章の目的は,昭和22年版から最新の平成10年版に至る,学習指導要領の外国語(英語)科に示される,教科の目標や活動等に関する記述に着目しながら,文部行政の,英語学習や指導法に対する意識を通時的に解釈し,文部行政がイメージするこの国の外国語(英語)教育が,どのように変遷してきたかを探るものである。特に中学校外国語科の学習指導要領を中心に扱うが,高等学校のものにも言及する。また大韓民国教育部第7次初等・中等学校教育課程の「外国語」との比較も含めて,日本の外国語科指導要領の特徴を明確にすること,そして,外国語科指導要領と,学校現場や教科書などとのギャップを埋めるための,いくつかの要素について考察を試みる。


II 学習指導要領の性格・内容の変遷

1. 『試案』のころ

1) 昭和22年度『試案』作成の背景
 太平洋戦争終了後,連合軍最高司令官総司令部(GHQ)は,日本占領政策の大きな柱の一つとしての,教育制度改革を強力に進めた。総司令部は,1946年3月,軍人スタッフに専門的助言を与える目的で,アメリカの著名な教育指導者たちを日本に招聘した。この使節団を迎えるにあたっては,日本側も教育家による委員会を設置し対応したが,この委員会が日本側としての報告書作成を担当した。古賀(2000)は,この日本側委員会を構成するメンバーの質の高さと彼らの積極的な取り組みを評価し,その報告書について「それまでの日本の教育における画一主義,記憶中心主義,教科書中心主義が指摘され,児童を中心にして学校や地域に会わせた教育課程の作成が必要なことが述べられている」と解説する。また,福井(1979)は「戦後の教育諸施策はすべてこれを出発点とした,と言っても過言ではない。」と評している。
この報告書を受けて,文部省内には教育制度刷新のため,いくつかの機関や委員会が組織された。そのひとつが,教育課程委員会であり,教育課程の作成作業がそこで開始されたのである。
 明くる昭和22年(1947年)3月31日に学校教育法が,5月23日には学校教育法施行規則が公布されたが,『学習指導要領一般編(試案)昭和二十二年度』については,それに先立つ3月3日に印刷,20日付けで発行されている。依拠する法律が後になるというのも,全ての新しいものを同時に用意しなくてはならなかった,戦後の混乱期ならではのことであった。指導要領の各教科編も同時に発行され,外国語編(試案)もこの時に発行されている。

2) 昭和22年学習指導要領外国語編(試案)の性格
 上記のような経緯を持って作成された,『昭和22年学習指導要領外国語編(試案)』であるが,その序文には,次のように書かれている。

 「英語の教授と学習とを効果あらしめるためには,なんのために,何をどんな方法で,いつどんなところで教授し学習するというような問題が多い。この『学習指導要領』は,言語教授の理論と実際とにもとづいて,こうした問題を解く助けとなるように作られたものである。けれども,学校によっていろいろ事情がちがうことであろうから,教師も生徒も,おのおのその個性を発揮して,この『学習指導要領』を十分に活用してもらいたい。
もちろん,この『学習指導要領』は完全なものではないから,実際の経験にもとづいた意見を,どしどし本省に送ってもらい,それによって,年々書き改めて行って,いいものにしたいのである。」

 この新しい指導要領の意図について,文部省の当時の担当者,青木誠四郎(1947)は「教育がその目的を達するには,その地域の社会や児童や学校に即してそれぞれに適切な働きを持つように現場で工夫されなくてはならない。指導要領はその場合の工夫の手引きとなり,研究の参考となることを志しているのである。(中略)一本道を示してこれに依ることを求めるような性質は持っていないのである。」と述べ,さらに,時間的制約や経験不足ゆえに,今後漸次改訂を重ね完成を将来に期すために「試案」としたと述べている。
学校教育法20条,38条,43条は,小,中学校の教科,高等学校の学科および教科に関することは監督庁が定めると規定し,それを受けて,学校教育法施行規則は,設定されるべき学科,教科名を示している。そしてこの時期の,学校教育法施行規則には,各教科の内容などに関わることを指導要領で規定する旨の条文はなかった。つまり,指導要領(試案)に示される内容をどのように扱うかに関しての,法的規定はまだ備わっていなかった。
 序文の記述ぶりと,法的な状況,および 次の項で詳しく触れる本編各章の構成を見る限り,教育課程の作成は,地域,生徒の実状,教師の創意工夫などを考慮しつつ各学校で行う,という当時の文部省の姿勢がある。そのための参考資料としての学習指導要領(試案)の性格は明らかである。

3) 昭和22年版外国語(英語)編の内容
@ 全体構成
全体で28ページ,10の章と付録から成る。章はそれぞれ,
1.英語科教育の目標 7. 第7学年の英語科指導
2.英語に対する生徒の興味 8. 第8学年の英語科指導
3.英語に対する社会の要求 9. 第9学年の英語科指導
4.教材 10. 高等学校における英語指導
5.学習指導法 11. 発音について
6.学習結果の考査  

である。後の指導要領にみられないこととして,生徒や保護者に対してアンケート調査を行い,結果を第2,3章に掲載,内容に反映している。生徒中心の姿勢を貫こうとしている。語りかける文体も意図したものと思われる。

A 目標
 外国語科の指導要領として,まず冒頭に「英語科教育の目標」として以下のものが掲げてある。

一.英語で考える習慣を作ること。
二.英語の聴き方と話し方とを学ぶこと。
三.英語の読み方と書き方を学ぶこと。
四.英語を話す国民について知ること,特に,その風俗習慣および日常生
活について知ること。

 実際には,それぞれのあとに説明が3〜10行ほど添えてある。一については,われわれの心を母語話者の心と同じように働かせる習慣を作ることが自然で効果的な方法だとする。言語材料を覚えることに重点を置くのでなく,聴き方,話し方,読み方,書き方に注意しながら生きた言葉として英語を学ぶよう諭している。二は聴き方と話し方を,三に読み方と書き方を学ぶことをあげ,それぞれを第一次の技能(primary skill),第二次の技能(secondary skill)と呼び,作文と解釈はこの第二技能の上に構築されると説く。四は,特定の国の言語として英語を捉えるものである。一の目標と合わせ,英語圏の文化,思考に同調してゆこうとする考え方がここには観察される。母語話者の風俗習慣および日常生活についての知識をもって国際親善とする見方は,あくまでも「観察」の姿勢であり,後の指導要領に示されるような相互のコミュニケーションへの意識は,まだ示されていない。
 二と三の「〜を学ぶこと」という表現は曖昧である。「英語を学ぶ目標は英語の聴く・話す・読む・書く技能を学ぶことだ」と,アプローチを語っていることになる。

B 指導内容など
 第5章の「学習指導法」では学級編成や教授時数の配当に触れたあと,各技能の指導法を取り上げている。ここは,第7,8,9,10章に示す各学年の指導のための基本的なポイントを確認するものであるが,これらには,現在の指導要領のような短い抽象的な表現を用いない。たとえば,「二. 読み方」の項では,指導法の一例として,オーラル・イントロダクションが紹介されている。第7章以下も,学年ごとに指導例が技能分野別に具体的に示されている。また,中学1年の最初の6週間を文字なしで指導するなどH. E. パーマー流の,直接教授法の影響が強い。
 高等学校の,「聴き方と話し方」を例にあげると,日常会話(高1,2,3),朗読(高1),劇(高2),演説(高3),討論(高3),と振り分け,それぞれに説明を付している。日常会話だけは,読み方と書き方の時間を割いて行うように述べられているが,討論の項には「英語を話すクラブをつくるがよい」と述べているように,授業の内外を問わずあらゆるものを列挙している。
 高等学校の「読み方」の項では,高1では読む力をつけ,高2では知識を増し,高3では鑑賞と批判の力をつけることを目標とする。授業内で読むものとして論文,随筆,小説など,さまざまな教材の種類を列挙し,課外用の読み物としては,英文学作品の具体的な作品名をあげ,さらに,読んだもののレポートの書き方を指導するよう示している。
 高校の「書き方」の項に示されるのは,文法と作文である。最終的に高校3年生では,自由作文と創作ができるよう指導すると述べている。段落構成などに対する意識は,文言には現れていない。

C 言語材料など
 「付録」として,発音を取り上げている。「アメリカ音に習熟されたい」と書いているのは,この指導要領だけである。あの時代ならではのことだろうか。この「付録」以外に言語材料に言及した場所はない。


4) 昭和26年改訂版外国語編の性格
 学校現場での教育課程編纂のための参考資料としての性格は,昭和27年3月に発行された『中学校高等学校学習指導要領外国語科英語編(試案)昭和26年改訂版』にも引き継がれた。しかしこの改訂で特記すべきことは,総ページ数759ページ3分冊という,膨大な量である。和文と英文の両方で書かれ,網羅的な,教師用指導書,兼理論書となっている。福井(ditto)は,これは,当時の英語教育における指導法の乱雑多岐な様子や,教員の資質のばらつきなどから生じる混乱を鎮め,かつ,指導の質を引き上げようという意図をもって書かれた,きわめて啓蒙色の強いものである,と述べている。

5) 昭和26年版外国語科英語編の内容
@ 全体構成
全759ページは,日英両言語で併記され,次のような章立てになっている。

まえがき
1. 英語教育課程の目標
2. 英語教育課程の構成
3. 教材のうちの言語材料の難易による配列
4. 中学校における英語指導計画
5. 高等学校における英語指導計画
6. 教育課程材料の源とその学年配当
7. 英語における生徒の進歩の評価
8. 地域の必要に対する学習指導要領の適応
付録T 動詞の型
付録U 発音記号
付録V 英語教科書の採択基準試案

 内容は豊富で,全体的に,直接教授法の影響を強く受けていると感じられる部分が多い。例えば,国際交流の会の設営と実施など,平成10年度版にある「総合的な学習の時間」の例としても相応しいような,実践的な言語使用場面も紹介されている。現在の学習指導要領と教科ごとの指導要領解説や指導書を合わせ,さらに実践指導資料集などを加えたようなものである。

A「目標」
昭和26年版では,「第1章 英語教育課程の目標」において,中等教育全般の教育目標から説き起こし,それに統合されるべき英語教育課程の目標設定までを理論的に展開している。 「生徒は単に英語を知るために英語を勉強するのではないし,そうであってはならない」と,全体の教育目標から特定の教科の目標を切り離すことをせずに,機能上の目標,教養上の目標それぞれとの関連づけの重要性を述べた後,中学校,高等学校に分けて,「一般目標」,「機能上の目標」,「教養上の目標」を列挙する。「一般目標」は次に続く,機能上と教養上の目標をまとめて概略的にのべたもので,以下のそれぞれの項目には,他の技能との関連や,英語科カリキュラム編成上の留意すべき事項を,数点ずつ添えてある。以下に中学校のものを紹介する。

a) 中学校英語教育課程の目標
A. 一般目標
 聴覚と口頭との技能および構造形式の学習を最も重視し,聞き方・話し方・読み方および書き方に熟達するのに役立ついろいろな学習経験を通じて,「ことば」としての英語について,実際的な基礎的な知識を発達
させるとともに,その課程の中核として,英語を常用語としている人々,特にその生活様式・風俗および習慣について,理解・鑑賞および好ましい態度を発達させること。
B. おもな機能上の目標
(1)「ことば」としての英語を聞いてわかる技能を発達させること。標準は中学校生徒の発達段階に適当であると一般に認められたものとする。したがって,
(a) 聴覚と口頭との技能を発達させるにあたって,習得した聞き方の技能が,(1)中学校の標準内において実用的価値あるものとなり,(2)高等学校の内または外においてさらに進んだ学習をしようとする者にとって,健全な基礎として役立つものとなること。
(b) 読み方または書き方の技能を発達させるにあたって,習得した聞き方の技能が,そのような技能の習得に必要な基礎および基準として役立つものとなること。
(2)「ことば」としての英語を口頭で表現する技能を発達させること。標準は中学校生徒の発達段階に適当であると一般に認められたものとする。したがって,
(a) 特に, 口頭表現の技能の習得を希望する生徒にとって,習得した技能が(1) 中学校の...((1)の(a)-(1),(2)に同じ)
(b) 読み方または書き方の技能を発達させるにあたって,習得した口頭表現の技能が,そのような技能の習得に必要な基礎および基準として役立つものとなること。
(3)「ことば」としての英語を読んでわかる技能を発達させること。標準は中学校生徒の発達段階に適当であると一般に認められたものとする。したがって,
(a) 書き方の技能を発達させるにあたって,習得した読み方の技能が,(1)中学校の...((1)の(a)-(1),(2)に同じ)
(b) 書き方の技能を発達させるにあたって,習得した読み方の技能がそのような技能の習得に必要な基準および完成を助けるものとして役立つものとなること。
(4)「ことば」としての英語を書く技能を発達させること。標準は中学校生徒の発達段階に適当であると一般に認められたものとする。したがって,
その技能が,(1)中学校の...((1)の(a)-(1),(2)に同じ)
C. おもな教養上の目標
(1) 英語課程の中核として,英語を常用語としている人々,特にその生活様式・風俗および習慣について,理解・鑑賞および好ましい態度を発達させること。したがって,
(a) 聞き方・話し方・読み方および書き方の技能を発達させるにあたって学習経験を,英語を常用語としている人々の生活様式・風俗および習慣から切り離さないこと。かれらの言語は彼らの文化の中核なのである。
(b) このような鑑賞と態度との発達が,高等学校の内または外においてさらに進んだ学習をしようとする者にとって,健全な基礎として役立つものとなること。
(c) このような鑑賞と態度との発達が,習得した言語とともに,生徒の個人的・社会的および職業的能力に寄与するものとなること。
(d) このような鑑賞と態度との発達が,習得した言語技能とともに,平和への教育の重要な一部として役立つものとなること。
 

 「機能上の目標」は,要約すれば,「聞いてわかる技能」,「口頭で表現する技能」,「読んでわかる技能」,「書く技能」を発達させること,である。22年版でいう,「英語の聴き方と話し方とを学ぶこと,英語の読み方と書き方を学ぶこと。」に比べて,技能の発達に焦点を絞った表現になった。
それぞれの技能が他の技能と関わるように,複雑な構成で書かれているが,現在の指導要領の言語活動の項にある「聞いた内容について,その概要や要点を書くこと」(高校「英語T」)のような,コミュニケーションの視点に立って複数の技能が関連する活動を行うという意識に基づくものではないようである。技能ごとの学習を行い,そこで習得したことがらが他の技能の基礎となるという書き方である。
 「話す技能」が「読み・書く」技能の基礎・基準になるというのは,音声言語を第一次技能とし,第二次技能(文字言語)はそれを基礎とするという考え方に依り,また,「聞く・読む」技能が,「書く」技能の基礎・基準になるというのは,理解の技能(perceptive skills)から発表の技能(productive skills)への展開を意図したものと思われ,最終的には,書くことの技能に到達するという論になっている。
(2)の(c)だけは「特に,口頭表現の技能の習得を希望する生徒にとって」と,他にない遠慮がちな表現が使われているが,話す技能は,学校の英語では特殊なオプションであるかのような書きぶりである。当時の口頭発表技能についての本音が覗くようで興味深い。
b) 高等学校の英語教育課程の目標
「一般目標」については中学のものとおおむね同じである。中学校では「聴覚と口頭の技能および構造形式の学習を最も重視」とあるのに対し,高校では「生徒や地域社会の必要や関心に応じて異なる技能を重視」するように書かれている。四技能に熟達するためのさまざまな学習経験を通じて,「ことば」としての英語の,技能および知識の発達を目標としている。
 「機能上の目標」では,卒業後に社会に出ようとする生徒にとっては「実際の役に立つような」,大学へ進学する者にとっては「英語を聞いてわかり,また,みずからも口頭および筆頭で効果的に表現でき」,また,「(進学後の)それぞれの専攻部門において,英語で書かれたものを有効に使用できるような『ことば』としての英語の技能および知識を発達させること。」などの,生徒それぞれの将来のニーズに応じた詳細な目標を設定している。また,英文学の鑑賞や,英語の専門家を目指す者などについても,目標に含め言及していることは興味深い。
 「おもな教養上の目標」についても,ほぼ,中学校のものと同様の書き方をしている。ただし中学校では,C.(b)の「高等学校の内または外においてさらに進んだ学習をしようとする者にとって」の部分は,高校では「大学に進学しようとする者にとって」となっている。
 また目標の内に『「ことば」としての英語』という表現が出てくるが,これについてこの指導要領では,教師の学習指導の対象が「言語活動」としての英語であり「言語材料」としての英語ではないと説明する(p.42)。ただし26年版での「言語活動としての英語を学ぶ」ということは,必ずしも教室内で言語活動を行うことではなかった。後年,改訂を重ね,昭和45年版でこのことばが復活するが,その際のニュアンスについては後で述べる。

B 指導内容など
第4章,第5章には,それぞれ中学校,高等学校における英語指導計画とを解説している。まず冒頭に「特殊目標」(specific aims) という項を設け各学年44個から8個の項目が列挙してある。(中学1年が最も多い。)一見すると異なったレベルのものが含まれ雑多な印象もあるが,この指導要領の説明によれば,特殊目標は,前述の一般目標,機能上の目標,教養上の目標に由来し,「『知識と理解』,『技能と能力』,『態度と鑑賞』,『習慣と理想』として分類することができる」とする。「与えられた期間内にどんな結果が実現できるかを教師が知ることが出来るように,各学年について述べている」(pp.272-3)と説明している。
学年ごとに「口頭に関するもの」,「読み方」,「書き方」に分類してあり,到達目標であると同時に,学習内容そのものと考えてよいものも多く,現行の指導要領における言語活動とも重なるものが見いだされる。
 全てを紹介する余裕がないが,中学1年からいくつかを例示すれば,

・ 教師または他の生徒が話す(簡単な)英語の語・句・依頼・文に対して動
作・ことばまたは両方で性格に答える能力
・ 例にならって英語の音を発する能力
・ 口頭で自分のものにした事がらに基づいている教材を読む能力
・ 理解しながら,英語らしく音読する能力
・ 英語のスクラップブックを作る習慣
・ 適当な速度で読みやすく書く能力

高校1年のものを挙げれば,

・ 読み物の中の物語や逸話を話す能力
・ 粗筋やまとめを書く能力
・ ディスカッションに参加する能力

 もちろん,この指導要領は,これらの豊富な全てを指導するように求めているわけではなく例示である姿勢はくずしていない。
 そして「特殊目標」の次の項には,前掲の各項目を具体化するための「経験例」と呼ばれる活動の例が,詳細な解説を伴って挙げられている。内容は,中学校だけでも46例あり,変則定動詞(anomalous finites)を用いた応答練習や置き換え練習(substitution drill)など,オーラルメソッドをふまえたパタン・プラクティスから,筆記法,和文英訳など,また,「ラジオを聞くこと」や「学校放送をすること」のような総合的活動まで,極めて多岐に渡る学習経験を例示している。高等学校も同様で,ディベートや面接(interview)も含む,各学年相応の活動を細かく例示している。これらも,学年ごとのレベルの差はあるものの,これらの配列に教育的意図はないとしている。

C その他
 言語材料や教材については,巻末の「付録T 動詞の型」,「付録U 発音記号」,「付録V 英語教科書の採択基準試案」で扱っている。これらは,使うべき文法項目や発音,教材を配当するためのものではなく,教員または学習者のための,参考として示したものである。

2.『文部省告示』としての指導要領

1) 昭和30年代の改訂と時代背景
社会も行政も安定期へと入った昭和30年前後,戦後諸改革の見直しへの動きも始まっていた。福井(ditto)は「30年ごろから教育界にも徐々に中央集権的統制の動きが出始めた」と記述している。また安藤(1993)は,このような動きについて,東西両陣営の対立を反映したアメリカの右傾化の影響を見ている。翌31年には,公選制だった教育委員が任命制に変わった。
 昭和33年,学校教育法施行規則が改正され,「小学校の教育課程については,この節に定めるもののほか,教育課程の基準として文部大臣が別に公示する小学校学習指導要領によるものとする」(第25条。中学校,高校については,それぞれ第54条の2 と第57条の2 )という条文が加えられた。これによって学習指導要領に法的拘束力が与えられたことになる。

2) 昭和31年度版(高等学校外国語科)
@ 性格と概要
 学校教育法施行規則改正の3年前,昭和30年(1950年)12月には『高等学校学習指導要領外国語科編 昭和31年度改訂版』が発行されている。中・高一緒の扱いだった26年版から高等学校に関する部分が分離されて改訂され,また,はじめて第一外国語(英語)と第二外国語(ドイツ語・フランス語)を設定した。『試案』の文字はこの31年度の時点で消えた。
 この31年度改訂版については,やはり,解説的内容を含んだもので,大筋では26年度版の性質を受け継いでいるが,理論的な解説については大幅に簡略化されている。簡略化されたが故に,現在の,「学習指導要領解説」に表現方法などが似通ってきた感がある。

A 目標
 教科の目標として「一般目標」はない。「機能上の目標」については,理解と発表の2機能にまとめ,「聞いて理解し,読んで理解する」,「話したり,書いたりする」それぞれの「技能を伸ばすこと」として,簡略化した。
「教養上の目標」については,26年改訂版に引き続き,英語圏の生活や文化への理解を深めることをうたっているが,「それ(英語圏の生活や文化への理解 = 筆者注)をとおして,みずからの教養を高め,わが国の文化の向上を図ろうとする態度を養うこと」という26年版にはなかった自己の文化に触れる文言が追加されている。

B 指導内容など
 第一外国語(英語)の「読み方の分野」と「書き方の分野」を例にとる。「読み方の分野」という見出しにつづいては,物語,伝記,劇,詩,小説,随筆,論文,演説文などの作品や,英字新聞,英文雑誌などを読むよう指導するよう示し,平易なものの多読や英英辞典の指導を「望ましい」と記述しているのみである。文法項目について具体的に示されるものはなく,ただ,新出語数の範囲について,
第1学年においてはおよそ500語ないし800語程度
第2学年においてはおよそ600語ないし1,000語程度
第3学年においてはおよそ700語ないし1,200語程度とし,基本的なものから配列する。
 

としている。新語数の基準を初めて示した学習指導要領であった。
また,特に読み方については「指導計画をたてるにあたっては最も大きな重点をおくように」とし,一方「聞き方と話し方の分野の学習量は学年が進むに従って漸減するように」としている。この考え方は平成元年版まで引き継がれることになる。
 また,書き方の分野では,ディクテーション,置き換え・転換・完成などによる作文(written composition), 和文英訳, 日記や手紙等を書くことを指導するとしている。また口問筆問に対する筆答,粗筋,まとめ(precis),自由英作文なども推奨しているが,主に,置き換え・転換・完成などおよび和文英訳といった文法規則の操作を通じて書くことに習熟させようとする古典的アプローチが多く見られ,自由作文などの創造的活動も例示されてはいるものの,昭和26年改訂版にみられた,授業の枠に納まりきらない総合的な言語活動は整理され,各授業時間内に限定できる操作的な活動ばかりが残されたという印象は否めない。

3) 昭和33年度改訂版(中学校)と昭和35年度改訂版(高等学校)
@ 性格
 上述したように,学校教育法施行規則の改正に対応し,教育課程の内容を規定する最初の学習指導要領として書かれたものが,33年度版(中学校)と35年度版(高校)である。どちらも,文部省告示という,ルールブックとしての体裁を整えるため,具体的な例示を極力抑え,箇条書きの,整然とした表記になっている。従前の指導要領に含まれていた,理論的解説や指導法など具体的なことがらにかかわる内容は,別に「中学校外国語 [英語] 指導書」「高等学校指導要領解説外国語 [英語] 編」という刊行物のかたちで出版されることになる。
 解説や指導方法の具体例は,文部省告示という性質上,省かれたが,あとに残った「言語材料」,特に,語彙や文法項目も十分具体性を持ったものであった。指導方法や扱い方は抽象的に示されたことで,昭和20年代の指導要領に強く影響を与えていたオーラル・メソッドの色あいは薄くなった。語彙や文法項目が残り,しかも,「内容」の項の冒頭に掲げられたため,これらの指導要領は,いわゆる「文法シラバス」としての性格を明確に備えたものとして,世に示されることになったのである。
 高等学校では,新たに科目設定が行われ「英語A」,「英語B」の2科目が設定された。前者は3年間で9単位を基準に,英語の4技能の実際使用面に重点を置き,後者は3年間15単位を基準に,英語Aよりは文字言語に重点をおき,卒業後大学進学希望者を対象とした。福井(ditto)は,英語Aを履修することは学力が低いと見なされるとする風潮ができてしまったため英語Bを履修させることが職業科や定時制でも一般的になった,と述べている。
 また,この改訂で初めて,中学校,高等学校ともに,ドイツ語とフランス語について具体的な基準と内容が示された。

A 構成
 この指導要領の構成が,現在の指導要領まで続くプロトタイプであろう。以後の指導要領はこれを手直しするかたちで,改訂を続けるのである。まず第1に,教科全体の目標を示し,次に,各学年の「1. 目標」と「2. 内容(すなわち(1) 言語材料,(2) 題材,(3) 学習活動)」そして「3. 指導上の留意事項」と「別表1(指定する語)」,「別表2(連語)」を示し,最後に第3として「英語についての指導計画作成とおよび学習指導の方針」を配している。
 言語材料を「内容」の項の冒頭にかかげたことについて,この指導要領に対応する昭和34年発行の中学校指導書では,「音声,語い,文法事項などは,言語材料といわれ,英語の要素や素材となるものである。このようなものがなくて,能力を養うことなどは考えられない」という理由をつけて説明する。言語材料が,要素であり素材であることに異論はないとしても,文法項目を学年ごとに配当して規定したことが,結局は,この指導要領を,「文法シラバス」として提示したということになるのである。

B「目標」と「内容」
a) 中学校外国語科全体の目標
1 外国語の音声に慣れさせ,聞く能力および話す能力の基礎を養う。
2 外国語の基本的な語法に慣れさせ,読む能力および書く能力の基礎を養う。
3 外国語を通して,その外国語を日常使用している国民の日常生活,風俗習慣,ものの見方などについて理解を得させる。
以上の目標の各項目は,相互に密接な関連をもって,全体として「外国語」の目標をなすものであるから,指導に当たっては,この点を常に努めなければならない。
 

b) 高等学校(昭和35年度版)の目標
 高校も,中学とほぼ同様の表現である。中学校では,音声や語法に「慣れさせ」とされているところが高校では「習熟させ」になり,「能力の基礎を養う」とされているところは「能力を養う」になっている。中学から高校へとレベルの上がっていることが示されるようになっている。

c) 中学校(33年度版)各学年,高校(35年度版)各科目の目標

[中学校第1学年]
(1) 英語の発音,アクセント,初歩的な抑揚などに親しませ,聞くことや話すことに慣れさせる。
(2) 英語の初歩的な語,句,文に親しませ,読むことや書くことに慣れさせる。
(3) 英語の初歩的な語,句,文に親しませ,読むことや書くことに慣れさせる。
[中学校第2学年]
第1学年における学習経験の基礎の上に,英語を聞き,話し,読み,書くことに習熟させる。
[中学校第3学年]
第2学年における学習経験の基礎の上に,英語を聞き,話し,読み,書く能力の基礎を養うとともに,読む能力の基礎を充実させる。 
[高等学校「英語A」]
(1) 英語の音声および基本的な語法に習熟させ,読む能力の基礎を養うとともに、聞き、話し、書くなどの実際的な能力や積極的な態度を養う。
(2) 英語を通して,英語国民の日常生活,風俗習慣,ものの見方などについて理解を得させる。
[高等学校「英語B」]
(1) 英語の音声に習熟させ、聞く能力および話す能力を養う。
(2) 英語の基本的な語法に習熟させ、読む能力および書く能力を養う。
(3) 英語を通して、英語国民の日常生活、風俗習慣、ものの見方などについて理解を深める。

d) 内容の概観
 中学校では学年ごとに「内容」の項に「言語材料」,「教材」,「学習活動」が記述されている。「言語材料」はさらに,音声,文,語および連語,文法事項,文字,の見出しのもとに記述されている。
高校では,各技能別に言語材料の項を設けて記述しているが,実際の言語材料は「読むこと」の言語材料の項にまとめて示され、他の分野ではそれを参照し,それぞれの分野にとって「運用度の高いものを扱う」ことになる。読むことが英語学習の中心と捉えられていたことの現れであろう。
 語彙については,この改訂で,中学に520の単語と26の連語を指定した。また,総数としては,中学はおよそ1,100から1,300語,高校は,中学既習語に加え,英語Aではおよそ1,500語,英語Bでは3,600語程度を示した。また,音声の指導について,中学校では国際音標文字を使用してもよく,高校では,見て発音できるようにさせる,と書かれたことも特記しておく。
 題材については,従来のものを踏襲し,「主として英語国民の日常生活,風俗習慣,物語,地理,歴史などに関するもののうちから」選択するようにと母語話者の文化を指向している。
 高校の英語A,英語Bの差は「指導計画の作成と指導上の留意事項」にも現れており,英語Aでは「聞くこと,話すことおよび書くことの領域に比較的重点を置く」とする一方,英語Bでは「低学年においては聞くこと,話すことおよび書くことの領域に比較的に重点を置き,高学年に進むに従って,読むことおよび書くことの領域に比較的に重点を置く」よう求めている。

e) 学習活動
 この指導要領から使われ始めた「学習活動」については,教師が生徒にさせることとして記述していることが,特徴的である。中学校,および英語Bでは次のように書かれている。
中学1年
 ア 聞くこと,話すこと
(ア) 英語を聞き取らせる。
(イ) 英語を聞かせ,これにならって言わせる。
(ウ) 英語を聞かせ,これに動作で答えさせる。
(エ) 英語を暗記し,暗唱させる。
(オ) 実物,絵画,動作などについて英語で言わせる。
(カ) 文の一部を置き換えて言わせる。
(キ) 文を転換して言わせる。
(ク) 英語で問答させる。
 イ 読むこと
(ア) 範読に習って音読させる。
(イ) ひとりで音読させたり,集団で音読させたりする。
(ウ) 対話の登場人物を分担して読ませる。
 ウ 書くこと
(ア) 習字をさせる。
(イ) 英語を見て書き写させる。
(ウ) 語のつづりを言わせたり,書かせたりする。
(エ) 英語を書き取らせる。
(オ) 暗記した文を書かせる。
(カ) 文の一部を置き換えて書かせる。
(キ) 文を転換して書かせる。
中学2年
 ア 聞くこと・話すこと, イ 読むこと
     --- どちらも,1学年と同じ ---
 ウ 書くこと
  (ア)から(キ)までは1学年と同じ ---
(ク) 既習の文型を用いて日本語の意味を英語で書き表わさせる。
中学3年
 ア 聞くこと・話すこと
     --- 第1学年と同じ ---
 イ 読むこと
(ア)から(ウ)は第1学年と同じ ---
(エ) 文と文の関係やパラグラフの大意をつかませる。
 ウ 書くこと
   ---「習字をさせる」が抜け,他は(イ)から(キ)まで第2学年と同じ。
  (ク) 日記や手紙を書かせる。
高等学校「英語B」
(1) 聞くこと・話すこと
--- 「実物,絵画,...」が抜け,(ア)〜(キ)と(コ)は中学と同じ。
(ケ) 行なったり考えたりした簡単なことを英語で言い表わさせる。
(コ) 日本語の意味を英語で言い表わさせる。
(2) 読むこと
 (ア) , (イ)は中学と同じ。
 (ウ) 対話や劇を分担して音読させる。
 (エ) 語、句および文をパラフレーズさせる
 (オ) パラグラフの大意をつかませる。
(3) 書くこと ( * のものは中学にもある = 筆者注)
 (ア) 英語を書き取らせる。*
 (イ) 文の一部を置き換えて書かせる。*
 (ウ) 文を転換して書かせる。*
 (エ) 不完全な文を補充したり完成したりして書かせる
 (オ) 語、句を与えて、文を書かせる。
 (カ) 語、句および文をパラフレーズして書かせる。
 (キ) 口問筆問に対する答えを書かせる。
 (ク) 日記や手紙を書かせる。*
 (ケ) 日本語の意味を英語で書き表わさせる。*
 (コ) 読んだものの大意を書かせる。
 (サ) 自由作文を書かせる。
 

 31年版(高校)についても書いたように,授業内での操作的活動に限定しようとする傾向が明らかであり,特に低学年になるほど顕著である。

3. 言語活動からコミュニケーションへ

1) 昭和44年改訂(中学校)と45年改訂(高等学校)
@ 概要と構成
 昭和40年代前半は,教育に関して社会が,極めて大きく揺れ動いた時期であった。ベトナム戦争,43年を頂点とした大学紛争,44年の高校紛争が学校教育における不安を増幅していた。制度の上では,教科書広域採択制が,昭和41年に開始された。
 昭和43年(1068年)6月の教育課程審議会答申を受けて,学習指導要領の改訂が行われ,小・中学校のものについては,昭和44年4月,高校は45年10月に告示された。この指導要領に対応する「中学校指導書外国語編」(1970)は,内容を基本的事項に精選,集約し,その学年配当をなだらかにしたことを説明し,また,生徒の能力差に対応した指導ができるようにしたと書いている。実際,内容のうちのいくつかの項目については,設定時間数に応じて軽く扱うよう指定したり,総語数についても中学校,高校ともに減少させた。学年指定の文法項目の配当などにも配慮が見られる。高等学校外国語については,教育課程の多様化に対応し,新たに科目として,「初級英語」,「英語A」,「英語B」,「英語会話」を設定した。
 構成についても,大きな変更があった。前の指導要領では,「言語材料」の後に「学習活動」が示されていたが,今回,言語活動を前に出し,言語材料は言語活動を行うためのものであることが明確に示された。また,題材についても,従来中学校では各学年とも「学習活動」の前に記述されていたものをまとめて,最後へ回した。ちなみに,題材は,「その外国語を日常使用している人々をはじめ広く世界の人々の日常生活,風俗習慣,物語,地理,歴史などに関するもののうちから変化をもたせて選択するものとする。」(指導書 p.152)と,英語圏へ向いていた視線が,全世界へと広がりだしている。高校でも中学と同様の趣旨で,各科目の言語材料のあとに記述されている。

A 教科の目標
 中学校では次のように外国語科の総括目標を規定している。
外国語を理解し表現する能力の基礎を養い,言語に対する意識を深めるとともに,国際理解の基礎をつちかう。このため,
@. 外国語の音声および基本的な語法に慣れさせ,聞く能力および話す能力の基礎を養う。
A. 外国語の文字および基本的な語法に慣れさせ,読む能力および書く能力の基礎を養う。
B. 外国語を通して,外国の人々の生活やものの見方について基礎的な理解を得させる。

高等学校の外国語科の総括目標も同様の趣旨である。1,5,7行目の「能力の基礎」が高校では「能力」となり,3.の文の,「基礎的な理解」が「理解」となる。
中学校各学年の目標については,より柔らかい表現を用いているものの,趣旨は前指導要領とほぼ同様である,
[第1学年]
(1) 身近なことについて,最も初歩的な英語を用いて,聞くこと,話すことができるようにさせる。
(2) 外国の人々の生活などに関する最も初歩的な英語の文をよむことができるようにさせる。
(3) 身近なことについて,最も初歩的な英語を用いて,書くことができるようにさせる。
[第2学年]
---「最も初歩的な英語」が「初歩的な英語」に。他は1年と同じ ---
[第3学年]
----「初歩的な英語」が「前学年よりもやや進んだ程度の初歩的な英語」に。あとは1年と同じ ---
[高等学校「英語A」]
(1) 英語の音声および基本的な語法に慣れさせ,聞き,話す基礎的な能力を養う。
(2) 英語の文字および基本的な語法に慣れさせ、読み、書く基礎的な能力を養う。
(3) 英語を通して,外国の人々の生活やものの見方について基礎的な理解を得させる。
[高等学校「英語B」]
 ----- (1)と(2)については「基礎的な能力を養う」が「基礎的な能力を伸ばす」に。あとは「英語A」と同じ。(3)については,「基礎的な理解」が「理解」に。あとは同じ。-----
高等学校「初級英語」と「英語会話」については省略
 

B 「言語活動」について
 この改訂の最大のポイントは,「学習活動」の項を全面的に改め「言語活動」としたことにある。しかもこの「言語活動」が,内容の中心を占める位置へ出てきたことである。これについて,指導書では次のように述べている。
 「聞き,話し,読み,書くことができるようにさせるためには,実際に聞いたり,話したり,読んだり,書いたりする言語活動を行わせることが必要にして欠くことの出来ないものである。つまり,各学年の内容を定めるにあたって,まず,どのような言語活動を行わせることにするかについて定めることが必要になるものである。」(pp.19-20)
 また,指導書では,「聞くこと」とは英語を聞いてその意味をつかむこと,「話すこと」とは英語の音声を用いて,ある内容を言い表すこと,「読むこと」とは,英語の文字を読んで,その意味をつかむこと,「書くこと」とは,文字を用いてある内容を書き表すこと(pp.14-15),というように,意味・内容に注目して各技能を定義する。有意味な言語の使用を意識した活動を指向することで,「言語活動」は「学習活動」と明確に区別されることになる。言語活動のいくつかを具体例として挙げる。
中学校1学年
ア 聞くこと,話すこと
(ア) 日常慣用のあいさつをかわすこと。
(イ) 身近なことについて,話し,聞くこと。
(ウ) ある動作をするように言い,それを聞いてその動作をすること。
(エ) 身近なことについて,尋ね,答えること。
イ 読むこと
(ア) 語,句,文を読むこと
(イ) まとまりのある数個の文を読むこと
中学校2学年
ア 聞くこと,話すこと
(ア) 感嘆した気持ちを言い表し,聞くこと。
(イ) 行なったことなどを話し,聞くこと。
イ 読むこと
(ア) 文と文との意味上の関係をつかむこと。
(イ) 数個の文からなるパラグラフを読むこと。
高等学校「英語B」
ア 聞くこと,話すこと
(ア) 日常慣用のあいさつをかわすこと。
(イ) 身近なことや行ったことなどについて、話し、聞くこと。
(ウ) 身近なことや行ったことなどについて、尋ね、答えること。
(エ) ある動作をするように言い、それを聞いてその動作をすること。
(オ) 感嘆した気持ちを言い表わし、聞くこと。
(カ) 身近なことなどを述べて相手の人に念を押すこと。
イ 読むこと
 (ア) 語、句および文を読むこと。
 (イ) 文と文との意味上の関係をつかむこと。
 (ウ) 数個の文から成るパラグラフを読み、その大意をつかむこと。
 (エ) 数個のパラグラフを読みその要点をつかむこと。
 (オ) 平易な英語で書かれたものを多読すること。
 

 のちの,コミュニケーション活動への萌芽が,これらに感じられるとしても,いくつかは,対応する文法項目が簡単に推察できるものである。たとえば,中学2年の「聞くこと,話すこと」の(ア)は,昭和40年代の教員なら,言語の働きとしての “感嘆” ではなく,文法項目としての “感嘆文” をイメージするだろうし,高校「英語B」の「カ 念を押す」は “Are you sure?” のような表現を学ぶことを期待しているのではなく,付加疑問文の学習を含んでいると当時の多くの教員が考えたとしても無理はない。
 もっとも,「読むこと」や「書くこと」については,上の例のように意味をともなう活動であることが不可欠である。学年別の指定ゆえに,中学1年で「まとまりのある数個の文」,中2で「数個の文からなるパラグラフ」,高校で「パラグラフの大意」や「数個のパラグラフの要点」というように段階的に上ってゆくというのは,実際の言語の運用の実態と照らせば,ぎこちなさが残る。これらは,他の活動や言語材料の学年配当の是非と同様に,議論の的であった。これらはのちの改訂の課題となる。

C その他
 この指導要領について,他に記しておくべきは,内容の削減がこのときから始まったことである。中学校指定単語610語だけが前回より多い数であった。総語数は,前指導要領で中学校1,100〜1,300だったものを950 〜 1,100語にした。英語Bでは総語数の上限3,600は変更しなかったものの,2,400〜3,600というように下限を広げて幅を持たせた。また,言語活動や言語材料の項目の中には,生徒の学力に応じて扱いを軽くすることができるものを指定しているように,学業不振児に対する配慮を試みた指導要領でもあった。福井(ditto)は,おりからの高度経済成長の影響で大学進学率も高まり,英語Bが寡占状態にはあったものの,高校の新しい各科目による難易差の設定は,複線型教育への道を開くものであったと分析している。
昭和33年版から44, 45年への改訂における言語材料の減少は,そのあとの改訂でも,また繰り返されることとなる。知識としての言語材料の学習を中心としたものから,言語活動による,英語そのものを「ことば」として使う能力を身につけることへ向けての第一歩がこの44, 45年度版によって記された。

2) 昭和52年改訂(中学校)と53年改訂(高等学校)
@ 概要と構成
 この改訂のキイ・ワードは,中学校での週3時間体制と,高等学校での総合英語と各分野別科目の導入であった。昭和51年(1976年)の教育課程審議会答申では,高校入学者が9割を超え,加熱する受験競争とその結果としての知識偏重やそのひずみから来る非行問題などを意識に置き,「人間性豊かな児童生徒」,「ゆとりある充実した学校生活」「基礎基本の重視と個性,能力に応じた教育」の3つを柱とした,教育課程の改善を答申した。これを受けて各教科の指導要領が大幅に改定されることとなった。特に,「学校の主体性を尊重して...学習指導要領を大綱的基準にとどめる」という基本方針は,その後の指導要領へも大きい影響を持つことになる。
 中学の外国語(英語)は,週3時間となり,指導内容,特に言語材料は大きく削減され,文型は37種が22に,文法項目は21が13項目になり,例えば関係副詞や現在完了進行形などが高校へ回された。使用可能な総語数は900から1,050語,指定語も490語に減少した。
 大幅な内容削減とともに,要領の構成自体にも変化があった。中学の言語活動が全学年共通になったことである。それぞれの学年目標と学年指定の言語材料配当は従前のような構成で記述された。
高校では,従来の,3年間同科目を履修するという状態を廃止し,難易別に「英語T」と「英語U」という総合科目を設定,また「英語T」に接続する科目として,「英語U」と平行し,会話,読むこと,書くことのそれぞれの分野に特化させた「英語UA」,「英語UB」,「英語UC」を設定した。これらの言語活動も,中学と共通の表現で示されているのである。

A 目標と言語活動
 各学年,各科目の目標と言語活動は次のようである。
中学1年
目標
(1) 初歩的な英語を用いて、簡単な事柄を聞いたり話したりすることができるようにさせる。
(2) 簡単な事柄について書かれている初歩的な英語の文を読むことができるようにさせる。
(3) 初歩的な英語を用いて、簡単な事柄について文を書くことができるようにさせる。
内容
(1) 言語活動
英語を理解し、英語で表現する能力を養うため、次の言語活動を行わせる。
  ア 聞くこと、話すこと
(ア) 話題の中心をとらえて、必要な内容を聞き取ること。
(イ) 話そうとする事柄を整理して、大事なことを落とさないように話すこと。
(ウ) 相手の意向を聞き取って的確に話すこと。
イ 読むこと
(ア) はっきりした発音で正しく音読すること。
(イ) 文の内容を考えながら音読したり黙読したりすること。
(ウ) 文の内容を理解して内容が表現されるように音読すること。
(エ) 書かれていることの内容を全体としてまとめて読み取ること。
  ウ 書くこと
(ア) 文を聞いて正しく書き取ること。
(イ) 書こうとする事柄を整理して、大事なことを落とさないように 書くこと。
(ウ) 書かれていることの内容を読みとって,それについて書くこと。
中学2年
目標
(1) 初歩的な英語を用いて、事柄の概要をとらえながら聞いたり話したりすることができるようにさせる。
(2) 書かれている事柄の概要をとらえながら、初歩的な英語の文を読むことができるようにさせる。
(3) 初歩的な英語を用いて、事柄の概要が伝わるように文を書くことができるようにさせる。
中学3年
目標
(1) 初歩的な英語を用いて、事柄の要点をとらえながら聞いたり話したりすることができるようにさせる。
(2) 書かれている事柄の要点をとらえながら、初歩的な英語の文を読むことができるようにさせる。
(3) 初歩的な英語を用いて、事柄の要点が伝わるように文を書くことができるようにさせる。
高校・英語I
目標:事柄の概要や要点をとらえながら英語を聞き、話し、読み、書く基礎的な能力を養うともに、英語を理解し英語で表現しようとする態度を育てる。
言語活動: --- 中学校と同じ ---
高校・英語II
目標:事柄の概要や要点をとらえながら英語を,読み,書く基礎的な能力を伸ばす基礎的な能力を一層伸ばすとともに、英語を理解しようとする積極的な態度を育てる。
言語活動:  --- 英語Tと同じ ---
高校・英語IIA
目標:事柄の概要や要点をとらえながら英語を聞き,話す基礎的な能力を一層伸ばすとともに、英語を理解し英語で表現しようとする積極的な態度を育てる。
 言語活動: --- 中学校の「聞くこと,話すこと」と同じ ---
高校・英語IIB
目標:事柄の概要や要点をとらえながら英語を読む基礎的な能力を一層伸ばすとともに、英語を理解し英語で表現しようとする積極的な態度を育てる。
 言語活動: --- 中学校の「読むこと」と同じ ---
高校・英語IIC
目標:事柄の概要や要点をとらえながら英語を読む基礎的な能力を一層伸ばすとともに、英語を理解し英語で表現しようとする積極的な態度を育てる。
 言語活動: --- 中学校の「書くこと」と同じ ---

 極めて整然とした構成である。大綱化を意図して,表現も抽象的なもので統一されている。その分,キィワードである「概要・要点」も含めて,教科書編著者や授業を行う教員にとって解釈の幅が大きく与えられたことになるはずであった。これらの文言を読めば,意味,内容に焦点を当てた言語活動を求めていることは理解できるものの,内容的には,教材制作者や現場教員に一任されたものとなっているのである。少なくとも理論的にはそうであったはずである。その一方で,各学年には,具体性を持った制限としての言語材料が相変わらず存在しているのであった。

3) 平成元年版改訂
@ 概要と構成
 昭和53, 54年版の授業時数と内容の大幅削減には大きな議論を呼んだ。この10年間を踏まえたのが,平成元年改訂版である。昭和62年(1987年)の教育課程審議会答申には,外国語科の改善の基本方針として,「聞くこと・話すことの言語活動の,一層の充実をはかること」,「国際理解をつちかうこと」,「指導内容の重点化・明確化と発展的,段階的指導」が掲げられ,学習指導要領の改訂を求めた。同年,JETプログラムが発足している。
 改訂のポイントとしては,「聞くこと」と「話すこと」を別領域として規定し,計画的組織的な指導をしやすくすること,コミュニケーションを図ろうとする態度の育成を重視し,活発な言語活動を促すこと,そのために,言語材料の扱いを一層弾力化することが掲げられた。構成に関しては,この弾力化の方針を受け止めるかたちで,中学校では,学年ごとに配当されていた言語材料を巻末にまとめ,その中から各学年の目標にふさわしいものを適宜用いるとした。高校でも各科目の言語材料配当を止めまとめて示し,科目の目標にふさわしいものを適宜用いることができるようにした。また,中学では実質的に週4時間の授業を確保することが可能になった。
 高校では,前指導要領からの「英語T,U」に加え,「オーラル・コミュニケーションA,B,C」の3科目を中心的科目にすべく導入した。かつて,あまり実施されなかった「英語会話」や「英語UA」の反省に立ち,外国語科目を置く場合はオーラルの科目のいずれかは必修,との但し書きを付けた。「英語U」と並列する分野別科目である「リーディング」と「ライティング」を合わせ,7科目が揃った。
 総語数については,中学が1,000語程度(内,指定語507語),高等学校では,英語Tが1,500語,英語Uとオーラル各科目,ライティングは,2,000語レベル,リーディングが2,400語程度とされた。生徒の学習負担を軽減し,言語活動に十分取り組む時間を確保してもらうための削減ということであったが,教材内容が浅薄になるという批判は避けられないものだった。

A 目標と言語活動
 中学校と高等学校の目標と,言語活動は次のようである。
a) 中学校各学年
中学校の全体目標
外国語を理解し,外国語で表現する基礎的な能力を養い,外国語で積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育てるとともに,言語や文化に対する関心を深め,国際理解の基礎を培う。
[第1学年]
目標
(1) 身近で簡単なことについて話される初歩的な英語を聞いて理解できるようにするとともに、英語を聞くことに親しみ、英語を聞いて理解することに対する興味を育てる。
(2) 初歩的な英語を用いて、身近で簡単なことについて話すことができるようにするとともに、英語で話すことに親しみ、英語で話すことに対する興味を育てる。
(3) 身近で簡単なことについて書かれた初歩的な英語を読んで理解できるようにするとともに、英語を読むことに親しみ、英語を読んで理解することに対する興味を育てる。
(4) 初歩的な英語を用いて、身近で簡単なことについて書くことができるようにするとともに、英語で書くことに親しみ、英語で書くことに対する興味を育てる。
言語活動
 英語を理解し、英語で表現する能力と態度を養うため、次の言語活動を行わせる。
 ア 聞くこと
  次の事項について指導する。(この行,以下省略)
(ア) 語句や文の意味を正しく聞き取ること。
(イ) 質問、指示、依頼、提案などを聞いて、適切に応じること。
(ウ) 数個の文の内容を聞き取ること。
 イ 話すこと
(ア) 語句や文をはっきりと正しく言うこと。
(イ) あいさつ、質問、指示、依頼などに適切に応答すること。
(ウ) 伝えようとすることを簡単な文で話すこと。
 ウ 読むこと
(ア) 語句や文をはっきりと正しく音読すること。
(イ) 質問、依頼などの文を読んで適切に応ずること。
(ウ) 数個の文の内容が表現されるように音読すること。
 エ 書くこと
(ア) 語句や文を正しく書き写すこと。
(イ) 語句や文を聞いて正しく書き取ること。
(ウ) 伝えようとすることを簡単な文で書くこと

 全てを箇条書きにするよりも,2学年以上の書きぶりを例示しながら解説するほうが理解しやすいと思われる。
 中学1年の目標の,「身近で簡単なことについて話されたり書かれたりする初歩的な英語」が中学2年になると「初歩的な英語の文や文章」にレベルアップする。また,聞いたり話したりすることには内容が伴うようになるという考えから,ただ「英語を理解」したり「英語を話し」たりするのでなく,「話し手の意向などを理解」したり,「自分の考えなどを話し」たりと向上することになる。また,2学年では,英語は「親しんで興味を持つ」対象から「慣れ」,言語活動を行おうとする「意欲」の対象となるように活動を構成することが求められている。中学3年では,2年で「初歩的な文や文章」であった題材が「初歩的な文章」とされ,まとまりを持ったものを対象とすることになる。また,言語活動は,「慣れ」て「意欲」を育てる対象から,「習熟」し,理解や発表への「積極的態度」を育てる対象へと発展することを求めている。学年ごとの内容的上昇を文言として表出することに苦心している。
 総じて,学年ごとの目標は,昭和53, 54年改訂版よりも,しっかり書き込んだものになっている。大綱化する方向性が,この部分だけは,減速,逆進したようにも受け取れるかも知れないが,英語の学習をコミュニケーションとして位置づけ,必ず相手のある言語活動を設定しようとした担当者の意識が明確に現れた部分であろうと考える。
 また,言語活動についても,かならず各分野に,他の分野と関わる要素を含んでいることに留意したい。読んで応じることや,聞いて書くことなど,自然なコミュニケーションの場を意識した指導を求めているのである。これは高等学校でも同様で,例えば「英語T」の話す活動では,「読んだ内容について、自分の考えなどを話すこと。」,また書く活動でも「聞いた内容について、その概要や要点を書くこと。」などが指定されている。
 高校については,詳細に説明することをしないが,中学校の学習の上に,さらに進んで,コミュニケーションに対する積極的態度を求める点で一貫したものになっている。

4.「場面と働き」と実践的コミュニケーション

1) 平成10年度改訂
@ 概要
 社会の情報化や,インターネットによる,従来とは異なる様相での国際化など,さまざまな社会問題を含みながらの変化が押し寄せてきた20世紀末の平成8年(1996年),中央教育審議会が第一次答申を提出した。それを受け,教育課程審議会は「ゆとり」「生きる力の育成」を基本とする教育への転換をめざし討議を行い,平成10年7月,答申を提出した。
 かなり素早いペースで作業がすすめられ,10年末には小・中学校学習指導要領,年度末には高校の指導要領の改訂が完成した。外国語については,名目だけの選択科目であり,実質的には必修であったことを踏まえ,また国際化時代の外国語教育の重要性を鑑みて,中学,高校ともに必修となった。中学では,多様化する国際社会の中で多様な外国語を学ぶ意味も論じられたが,急速な国際化に対応するためには,実質的に世界共通語となりつつある英語を「原則として必修」とすることに落ち着いた。高等学校では,外国語は必修となったが,全体的に教育の規制緩和をめざし,学校や児童生徒個人の興味関心を尊重し自主性をはぐくむという,指導要領全体の趣旨に照らして,特定の英語科目を必修とすることはしないことになった。

A 指導要領の性格と構成
 全体として指導要領が規定する事柄を減少しようとずる方向性は貫かれている。中学校において,外国語の目標と言語活動について,学年の指定を解除したことは,画期的であった。単に,配慮事項として,各学年段階における言語活動の指導上の留意点をあげるのみである。また,言語材料のうち,語彙については,中学校の指定語は,機能語だけに絞り込まれ100語となった。ただ,学校週5日制の導入を含む改訂であるので,あらゆる部分で指導内容の厳選が求められた結果,中学の総語数は900語程度とされた。「聞く,話す,読む,書く」のそれぞれの分野については,前の指導要領では,全体としてバランスを取ることが求められていたが,今回,実践的コミュニケーションの重視とともに,中学では「聞くこと」と「話すこと」を重点化するように,取り扱いを変えることがもとめられることになった。
中学校「英語」
3 指導計画の作成と内容の取扱い
(1) 指導計画の作成に当たっては、次の事項に配慮するものとする。
 ア (省略)
 イ 各学年とも、2の「(1)言語活動」のうち、特に聞くこと及び話すことの言語活動に重点をおいて指導すること。
 

 この分,高等学校では,以前に増して,中学校との連携を慎重に取ることがもとめられ,複数の技能を関連づけた言語活動を行うことが求められるようになるのである。
高等学校「英語T」
3 内容の取扱い
(1) 中学校における音声によるコミュニケーション能力を重視した指導を踏まえ、聞くこと及び話すことの活動を多く取り入れながら、読むことおよび書くことを含めた四つの領域の言語活動を総合的、有機的に関連させて指導するものとする。

 中学校教科の目標自体は,前の指導要領と大きく変わるものではないが,今回は,コミュニケーションを図ろうとする態度だけではなく,実践的なそのための能力を養うとうたわれ,より明確にコミュニケーションを目指すものとなっている。以下のように規定されている。
外国語科の目標
  外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーション能力の基礎を養う。
「英語」の目標
(1) 英語を聞くことに慣れ親しみ、初歩的な英語を聞いて話し手の意向などを理解できるようにする。
(2) 英語で話すことに慣れ親しみ、初歩的な英語を用いて自分の考えなどを話すことができるようにする。
(3) 英語を読むことに慣れ親しみ、初歩的な英語を読んで書き手の意向などを理解できるようにする。
(4) 英語で書くことに慣れ親しみ、初歩的な英語を用いて自分の考えなどを書くことができるようにする。
 

 全体的に減量化する中で,今回の改訂には,構成上,大きな新しい要素が含まれている。それは,「言語活動の取り扱い」の項に示された,「言語の使用場面と働き」の例示リストである。この例示により,大綱化する指導要領の中において,コミュニケーション活動をより実践的に設定するよう求めることが具体的に示されているのである。
 これらは例示であるので従前の言語材料のようには指導や教材を規定しないが,その分,教科書編著者や教員が,この例示の趣旨を適切に理解し,指導に位置づけることを行わなくてはならないことになる。中学校では,以下のようなものが示されている。
〔言語の使用場面の例〕
a 特有の表現がよく使われる場面
・ あいさつ    ・ 自己紹介   ・ 電話での応答
・ 買い物     ・ 道案内    ・ 旅行
・ 食事など
b 生徒の身近な暮らしにかかわる場面
・ 家庭での生活 ・ 学校での学習や活動 ・ 地域の行事など

〔言語のはたらきの例〕
a 考えを深めたり情報を伝えたりするもの
・ 意見を言う   ・ 説明する   ・ 報告する
・ 発表する    ・ 描写するなど
b 相手の行動をうながしたり自分の意志を示したりするもの
・ 質問する   ・ 依頼する   ・ 招待する
・ 申し出る   ・ 確認する   ・ 約束する
・ 賛成する/反対する   ・ 承諾する/断るなど
c 気持ちを伝えるもの
・ 礼を言う ・苦情を言う ・ほめる ・あやまるなど
 

 高等学校では,以下のようなものが示されている。
[言語の使用場面の例]
(ア) 個人的なコミュニケーションの場面:
  電話、旅行、買い物、パーティー、家庭、学校、レストラン、病院、インタビュー、手紙、電子メールなど
(イ) グループにおけるコミュニケーションの場面:
  レシテーション、スピーチ、プレゼンテーション、ロール・プレイ、ディスカッション、ディベートなど
(ウ) 多くの人を対象にしたコミュニケーションの場面:
  本、新聞、雑誌、広告、ポスター、ラジオ、テレビ、映画、情報通信ネットワークなど
(工) 創作的なコミュニケーションの場面:
  朗読、スキット、劇、校内放送の番組、ビデオ、作文など
[言語の働きの例]
(ア) 人との関係を円滑にする:
  呼び掛ける、あいさっする、紹介する、相づちを打つ、など
(イ) 気持ちを伝える:
  感謝する、歓迎する、祝う、ほめる、浦足する、喜ぶ、驚く、同情する、苦情を言う、非難する、謝る、後悔する、落胆する、嘆く、怒る、など
(ウ) 情報を伝える:
  説明する、報告する、描写する、理由を述べる、など
(工) 考えや意図を伝える:
  申し出る、約束する、主張する、賛成する、反対する、説得する、承諾する、拒否する、推論する、仮定する、結論付ける、など
(オ) 相手の行動を促す:
  質問する、依頼する、招待する、誘う、許可する、助言する、示唆する、命令する、禁止する、など
 
これらは,具体的な例示でありながら,どのように教室において提示し指導するのかについては,何も述べられていない。これらのものを教材として  構成,編集したり,実際に教室において効果的に使用できる教案とするためには,十分な研究とトレーニングが必要ではないだろうか。

5. 韓国教育部『第7次教育課程』との比較

 この項では,2000年から施行される,韓国の新しい教育課程を取り上げ,我が国の平成10年度改訂版「学習指導要領」と比較しながら論じる。
日本の英語教育を考えるにあたり,他国の英語教育の状況を知ることが重要であるのは言うまでもない。特に韓国は,英語とは異質の構造の母語を持ち,英語を重視してはいるが日常の生活言語として使っているわけではないという点も我が国の英語教育環境とよく似ている。そして,英語が1997年から小学校の科目として導入されたこと,近年のTOEFLの成績が急上昇していることも含め,強い関心を引くのである。

1) 10年一貫の水準別教育課程
 韓国の教育課程について,特に英語教育に関わり意味のあることとしては,小学校1年から高校1年までの10年間を一貫して記述した「国民共通基本教育課程」と,高校2〜3年に向けた「選択中心教育課程」から構成されていることである。
また,教育内容を水準別とし,能力に応じ学習をすすめることを可能にしたことも,第7次課程の特徴のひとつである。児童生徒の達成度に応じて深い内容の課程と補充のための過程を用意している。また中学校以上では1つの学年を1段階とし,それぞれをさらに2期に分け,それぞれの中で達成度を重視した授業運営を行うことができるように構成されている。
2) 「英語」科の扱い
 小学校への英語の導入は1995年11月に告示された「初等学校英語教育課程」によるが,今回,上記の「国民共通基本教育課程」へと統合され,小学校3年から高校1年までの8年分の外国語教育課程がまとめて記述された。名称も「英語」が「外国語(英語)」へと変更された。まず,教育課程の記述を通してこの科目の概要に触れることにする。
@ 授業時数
 小学校3, 4年で週1時間,5, 6年で週2時間,中学1, 2年で週3時間というように2学年ずつ増えてゆく。中学3年,高校1年は週4時間である。それほど多い数字ではないが,これに各学校独自で計画できる「裁量活動」の時間の一部が,基本教科の補充,深化のためとして追加されるであろうことは想像できる。高校2, 3年では,選択科目中の一般科目として「英語T」「英語U」「英語会話」「英語読解」「英語作文」のそれぞれが週4時間8単位の科目である。
A 内容構成
 まず冒頭で,外国語(英語)科の,教科の性格と目標を,2ページを割いて記述する。国際語として英語を位置づけ,小学校では意志疎通の基礎となる音声中心の言語能力を育てること,中学校,高校では小学校で学んだことを土台としながら現代の日常英語を理解して使い,国際社会と外国の文化への理解と自国の文化の発展と国力の成長への寄与を目標として,そのための言語的基礎を整えることを求めている。初等教育と中等教育で異なる,児童生徒の特性に合わせ,実生活や遊びに関連させた体験としての英語学習から開始し,中等教育では,興味と関心の持続,流暢性と正確性に言及している。
さらに,この教育課程の特徴である水準別段階型の枠組みの中で各段階での授業をどのように運営するかをも記述する。 一方,「目標」は箇条書きで意志疎通の基本的能力と外国の情報の理解と活用のための能力,自国文化の認識と正しい価値観の育成を上げているだけの簡単なものである。
 このような書き方は他教科でも同様であるが,英語教育に対する一つの視点を具体的に先に提示し語り尽くしてしまうことで,後段に示す言語活動や言語材料を,場合によっては箇条書きでシンプルに示すことを可能にする。
 振り返って,我が国の指導要領を見ると,冒頭の教科としての「目標」は短く抽象度の高い表現が使われている。後段の各科目の「目標」も同様である。そして,各科目の「内容」の項や「内容の取り扱い」,そして最後の「指導計画の作成と内容の取り扱い」などの下位項目での書きぶりによって教科のあるべき姿を示している。我が国の「指導要領」と韓国の「教育課程」の性格の違いが明確に現れた部分である。

B 言語材料
 基本語彙として2067語(内,小学校向け578語)を示し,学年・段階別に使用できる新語数を指定する。小中から高1までの総語数が1800とそれほど多くないことが興味を引く。また日常的な外来語を50語程度示し,使用を許容すること,小学校では文の長さを定めていること(and, but, orで繋ぐ場合は別)なども興味深い。この他,「言語材料」の項には題材の選択,文化,言語なども含まれるが,ここでは紙面の都合で触れないことにする。

C 言語機能,意志疎通活動
 韓国の教育課程では,聞く,話す,読む,書くの言語の4分野を「機能」という言葉で表現し,それらを統合的に使うことのできる能力を培えるよう,コミュニケーション活動を設定している。文字言語活動(読む・書く)には,発想・はたらきを例示した「意志疎通機能と例示文」というリストと,「意志疎通に必要な言語形態(文法項目)」の両方のリストを参照することを求めているが,音声言語活動(聞く・話す)については,文法項目リストを参照することを求めない。音声言語活動から文法を閉め出すことを許容するこの書きぶりは,賛否はあるだろうけれども,非常に大胆な提案と思える。
D 学年段階別内容
 この教育課程では,それぞれの学年・段階の聞く,話す,読む,書くの各分野ごとに,およそ3つから7つの項目を設定している。さらにそれぞれには [深化過程] として2つ程度の発展的な項目を付記している。小学校の最終学年である6年生を例に取る。
<6学年>
−話す−
(1) 日常生活に関するやさしく簡単な話しを聞いて,その内容に関して尋ねて答える。
(2) 日常的な話題に関して自身の意見を簡単に述べる。
(3) 簡単な対話を聞いて主題を話す。
(4) 簡単な話を聞いて細部事項を話す。
(5) 過ぎた出来事,これからすること等に関して簡単に尋ねて,答える。
(6) 事実に関し簡単に理由を尋ね答える。
(7) 簡単な電話対話をする。
[深化課程]
(8) 絵や漫画などに出てきたいろいろな出来事を順序通りに話をする。
(9) やさしく簡単な言葉で対象を比較する。

 

紙面の都合でこれ以上を紹介することはできないが,どの学年・段階の各も同様に示してある。中には上記の(8)のように,具体的に,活動の題材にまで立ち入ったものもある。
これらを水準ごとに示すことにより,言語活動による達成度リストに近いものが構成される結果となるのである。我が国の新指導要領での「言語活動の取り扱い」の項目や「場面とはたらき」の項は,例示であるので,これらのような到達目標的な性格は望めない。

E 別表について
 別表として用意されたいくつかのリストの中には,「意志疎通機能と例示文」と題する,言語のはたらきに注目した例示がある。小学校から高校1年までで適宜用いることができるもので,大項目が7ある。日本の指導要領の「はたらきと場面」と類似する部分である。
<親交活動>挨拶,紹介,感謝,注意を引く,賞賛・祝賀・感嘆,約束,祈願,飲食への勧誘・応答,対話の始まりと終わり
<事実的情報交換>事実情報,事実確認,事実描写,習慣,経験,計画,修正,比較
<知的態度表現>同意や反対,申し出・招待,提案,記憶,可能・不可能,確信する,義務,許諾,指示・禁止,意見を求める,自分の意見を表明する
<感情表現>好き・嫌い,喜怒哀楽,欲求,同情,望み・意志,不平
<道徳的態度表現>詫び・弁明,後悔,関心
<説得と勧告>説得,要請,忠告,警告
<問題解決>原因・結果,道案内,買い物,食事の注文,問い返し,理解の確認,電話をかけ・受けること

 

それぞれに2から10個の具体的な英文が示されている。特に,可能な限り,働きかけに対しては反応するための表現を組み合わせて例示している。
 このように韓国の指導要領を見てゆくと,大綱化し規制緩和の道をゆく,我が国の学習指導要領に書かれない重要なことがらが存在することを認識する。この書かれていない事柄をどのように整理し,シラバスとして構成していけばいいのかということについての,大きなヒントを韓国の教育課程が示してくれていることは間違いない。
このようなシラバスの提案は,昭和26年版の指導要領のように,文部科学省が行うことを期待されているのだろうか。そうではないだろう。現場の教員ひとりひとりに任せてしまうには大きすぎる問題である。誰の役目なのかが,我が国では,十分議論されていないのである。


V 理念と実践をつなぐために

1. 指導要領の意識と学校現場の意識の落差
 上述したように,本来,学校のカリキュラム作成の参考資料として作成された学習指導要領であったが,昭和33年の改訂以来,文部省の告示として,学習内容を規定するものとなった。しかしながら,外国語の場合は,言語材料中心の必修習項目リストとしての意味合いは改訂のたびに薄められ,外国語(英語)教育の目標とアプローチを示すための「大綱」へと向かっている。より具体的な指導内容や手順を含むシラバスの提供に関しては,教科書などの教材や,学校現場の教員の取り組みに委ねるようになってきている。
ここに至って,教員の側に,生徒に必要と思われる項目を知識として一方的に教え込む伝統的方法に代わる,新しい方法論が必要になるはずである。これはもちろん,言語活動という概念が昭和45年の改訂で導入されてすぐに考慮されてしかるべきことだったのであるが,学校現場,特に高等学校での実態は遅れ気味で,昭和54年改訂の,高校への総合英語科目「英語T」,「英語U」の導入を経て,平成元年改訂での,コミュニケーション重視の指導要領へと至り,ようやく「言語活動」をどう受け止め展開したらいいかという話題が教員の間にのぼるようになった。オーラル・コミュニケーションA,B,Cという科目のいずれかを必ず選択すべきとするカリキュラム設定がなされたため,とうとう,一般大多数の高校教員の意識に,指導方法と言う概念が上がってきたのである。
しかし,それにも関わらず,一部の教員達からは,「街の会話学校が教えるような定型表現を教えるだけで学校英語の授業が成り立つのか」という,伝統的な発想からのナイーブな疑問も多く投げかけられた。現行の指導要領を実施してから数年後,筆者が教科書調査官として,教科書研究指定校となっている某県の高等学校を訪問した際に,担当教員から受けた訴えは「オーラル・コミュニケーションといっても,本校の生徒は英語力がないので,話せといっても話せないし,オーラルの教科書は易しすぎるので教えるところがない」というものであった。オーラル・コミュニケーションの授業にこそ,教科書をなぞり解説する伝統的方法から脱却することが求められているということを理解していないケースであると,残念に思った。
 さらに,高等学校での英語教育の,英文法授業『オーラルG』の存在は,雑誌『英語教育』別冊(2000)の調査でも明らかにされているが,今や公然の秘密である。学習指導要領の理念を具体化する授業を避け指導要領を空洞化する現象として極めて象徴的である。和田(1994)は,学習指導要領には意識改革と現実改革の2つの役割がある前置きした上で,「(この2つの役割が)一体化されず,ズレがあるところに学習指導要領をめぐるすべての問題がある。」と説明し,「意識改革としての側面に注目する人たちは,その先導性を捉え,評価する。しかし,また,先導性の故に,理念的にすぎると言う立場から,空洞化の憂き目を見ることになる。」と言う。
 自分で費用を払い積極的に研修会に参加する英語教員がいる一方で,サイレント・マジョリティとでも呼ぶべき,多くの英語教員がいる。彼らの声を拾い上げることはなかなか難しい。また,さらに一方には,コミュニケーションのための言語活動を内容の浅いものとして,深い人間性への探求や言語そのものへの理解といったテーマを外国語教育の目標に置き,コミュニケーションを対立的な存在と捉え批判する意識も存在する。また,大学入学試験に生徒を合格させることこそ現実的な発想として,コミュニケーション中心の指導を忌避する意識も根強く存在する。これらの意識が『オーラルG』を支えているのであると,筆者は考える。
 確かに大学入試は,岡(2000)で新里が認めるように,高等学校以下の英語教育に大きな影響を持っていることは否定できない。しかしながら,どちらの方向へ大学入試を改善しなければならないかについてのコンセンサスは乏しいと新里は言う。実際,大学によっては,大規模な入試の改革が行われ,全体で見れば少しづつではあるが変化は始まっているものの,学習指導要領をどのように受け止め具体的な入試問題とするのかについては,個々のケースの問題であり,大学それぞれが模索の状態にある。
 中曽根弘文文部大臣が私的諮問機関として2000年に委嘱を受けた『英語指導方法等改善の推進に関する懇談会報告(2001)』によれば,平成11年度の大学入試において実用英語技能検定(英検)を活用している大学は249大学TOEFLを活用している国立大学は7大学,リスニングテストを実施している大学は,国立45,公立10,私立65大学となっている。懇談会報告では,入試における英語の出題方式や内容,評価方法等について研究を進める必要があること,その際は,生徒の英語学習に対する内発的動機や学習意欲を阻害することがないよう,また,中・高等学校の英語教育をゆがめることがないようにする観点が重要であると述べている。
 この報告の趣旨をくみ,高等学校から大学までを巻き込んだ,外国語教育改革の大きな流れを作ってゆくことは,今後の重要な課題である。
 このような理念と現実の乖離を修正するべく,今回の改訂のように,指導要領の文言に,「言語の使用場面と働き」という,今までにない具体的方向性を明確にした内容を盛り込んだことは評価できる。しかしながら言葉を指導要領の紙面にいくら尽くすとしてもそれだけでは,意識改革を迫るには十分でない。全ての教員に対して呼びかける具体的な行政施策を展開して行かなくてはならないことは,行政側としても十分承知していることである。次の項では,現在行われている施策の主なものについて考察する。

2. 行政の取り組みと課題

1) 指導要領についての伝達
 実際に,文部科学省(文部省)は,さまざまな取り組みを通じて,学習指導要領の趣旨の徹底を図ってきた。教科ごとの「指導要領解説」(平成元年版までは義務教育学校用については「指導書」と呼んだもの)の刊行,各地方自治体の指導主事を集めての,口頭による「伝達講習会」や「運営改善講座」などは,従来から行われて来た。これらを受けて各地方自治体は「指導資料」などを作成し,独自に,初任者研修や再研修の機会を提供する。和田(1994a) が言うように「これらの基礎資料は学習指導要領の理念を具体的活動とか行動の形で知ることができるものであり,従って,逆に,理念を規定する力を持っている」ものである。とすれば,その中味が重要な意味を持つことになるのであるから,各自治体行政の責任は大きい。いわゆる「上位下達」で形式的な事務処理にならないよう,斬新で具体的な施策が求められる。

2) 教員の研修
 文部科学省が,特に,直接中堅教員に向けのものとして,従来,国立教育会館筑波分館(平成13年度より独立行政法人教員研修センターに改組)で行ってきた指導者講習会があったが,平成5年(1993年)度までは200人規模だったものを,6年には参加者を3倍に増やし,全国を6つのブロックに分けて実施,さらに平成12年度からは10ブロックで行い,13年度には2000人規模での実施が計画されている。量的な拡充とともに緊急に対応するべき課題は,適切な研修内容の開発と,研修指導者の確保である。
 また,高等学校教員対象の在外長期研修も,昭和54年度に100人前後程度の規模での2か月間研修として始まったものだったが,6か月研修や12か月研修を主とした,年150人規模のプログラムとして成長し,平成12年度現在までに,累計で4000人近い教員が派遣されている。今後は,研修終了後の,研修成果の現場への還元が確実に行われるよう,一層の行政的配慮を検討する必要があるだろう。

3) 大学院修学休業制度
 教員が国内外の大学院に在学し,専修免許状を取得する機会を拡充するため,教育公務員特例法等の一部を改正し大学院修学休業制度が創設された。平成13年4月より,最長3年間の休業が認められる。

4) 小学校教員の英語研修
 総合的な学習の時間に行う,外国語会話などの指導に対応するべく,小学校教員についても,2週間程度の宿泊研修プログラムが新規に行われる。600人程度の規模のものになる予定である。

5) クラスサイズの縮小
 文部科学省は平成13年度予算から「第7次公立教職員定数改善計画」と銘打ち,5か年計画で,学級定員を大幅に減少させるプロジェクトを開始する。平成17年度までに22,500人の増員を行い,小学校は1クラスあたり 18.6人,中学校は 14.6人を目標としている。コミュニケーションを実際に行わせる授業においての,内容の充実が期待される。

6) その他
 その他,外国語教育に関して,平成13年度予算では,以下のようなものがある。

(a) 外国語の指導事例等に関する調査研究 [平成13年度新規]
(短期語学研修講座等における効果的な指導事例等の調査研究。)
(b) 外国語指導方法改善研究事業 [平成13年度新規] 
(中・高等学校外国語教育におけるモデル的な授業事例のビデオ作成。)
(c) 小学校における英会話指導手引の作成 [平成13年春刊行予定]
(d) 非常勤講師配置事業費補助〔平成13年度新規〕
(報酬及び交通費の1/3を国が補助, 小学校外国語学習のための特別非常勤講師分として,1,003人(1県・市17人)分を計上。

このように,他の教科とは異なり,十分とは言えないまでも,積極的に行政が外国語教育に取り組もうとしている姿勢は,顕著である。今後も,具体的内容を充実するために,地方自治体の教育委員会,教員養成系大学における外国語科指導法担当者,そしてもちろん現場の教員,学校を支える地域など,すべての方面からの積極的な働きかけが求められる。


W まとめ
 従来に比べれば,外国語教育に携わる教員を支援する,極めて積極的な行政施策がとられるようになってきている。このように,研修を受ける教員の数が増加すれば,その分,学校現場での,新しい指導方法についての情報や意見の交換が活発になるだろう。新しい意識を持った教員数が,絶対多数にならなくとも,ある一定の人数までに到達すれば,そこから先は2次曲線のような急カーブを描いて,急速に全体への意識改革へ向かって動き始めるという,いわゆる,クリティカル・マスに到達するまでは,まだ,かなりの努力が必要とされるであろう。期待したい。
現在のところは,研修参加者が研修の成果を十分に現場に還元できるよう,行政は,一層適切なフォローアップを提供できるような施策について検討する必要があることを理解している。そのためには,研修の内容ばかりでなく,受講者の意識や希望など,また研修後の状況などについても,きめ細かく研究や調査を実施してゆくことが必要となるであろう。

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