成語と歴史

【百聞不如一見】

 百聞は一見に如かず。中国では古来有名な成語の一つです。元々『漢書・趙充国伝』に、「百聞不如一見、兵難遙度、臣願馳至金城、図上方略(百聞は一見に如かず。軍事情勢は離れたところから推測しがたいので、わたしは金城に駆けつけ、上策を図りたい)」と書いています。さらに『荀子・儒効』には、「聞之不如見之(聞いたより見たことが確実である)」と言ったこともあります。現代中国語に訳しますと、「聴到一百次、不如親自見到一次」になり、人からの伝聞より、自分の目で確かめる方は確実であることを力説する時よく使われる言い方です。近い言い方は「耳聴是虚、眼見是実(耳で聞いただけでは必ずしも真実ではなく、目で見て初めて真実と言える)」ということわざもあります。

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【鳳毛麟角】

 鳳凰の毛と麒麟の角、実際にはあってもならないものですが、貴重でまれな人物や物事を言う言葉です。『南史・謝超宗伝』の「超宗殊有鳳毛(超宗はめったに鳳凰の毛を持っていない)」と『太平御覧・巻607』の「諺曰、学如牛毛、成如麟角(勉強している人は牛の毛ほど大勢いるが、立派な学者になった人は麒麟の角ほど少ない)」の記述は最初の出所と言えるでしょう。近い言い方には、「奇珍異宝(珍しい宝物)」があります。

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