RSS中小企業支援研究創刊号
29/60

INTERVIEW地域密着の究極の顧客サービスを展開前田 実際には、決断して努力するまで実にいろんなことがあったでしょうね。山口 粗利を上げることはお客への値段を徐々に上げるのですから、これをどうするかが大きな課題でした。その時にひょいと思い出したのが、60年ぐらい前の我々の生活でした。朝、お袋が「ああ、味噌買うのを忘れた」なんて言う。「なんだ、今日は味噌汁なしか」なんて思った。でも起きてみると味噌汁がちゃんとできている。隣近所で貸し借りや助け合いみたいなことをやってましたね。でもそういうことがなくなったなぁって気づいたんです。それで、ある程度の年齢になったらちょっとしたお困り事があるはずだと、死ぬか生きるかの困り事は別としてね。それじゃあヤマグチがやろうかと、商圏も狭めたし遠くまで行く訳じゃないしね、そういうことを始めたんですよ。前田 大きな決断ですよね。山口 実際の話ですが、あるお父さんと奥さん、旅行に行こうと考えた。でも一日二日留守にしたらこの暑さだからベランダの植木が枯れちゃう。じゃあいつも来てくれるヤマグチさんに水やりを頼んじゃおか、新聞と手紙預かっといてもらおうかと、ヤマグチに頼む。そういうことを始めました。チラシを作った訳じゃない。何か困ったことがあったら言って下さい、と全ての営業社員がお客様のところへ行ってその話をしました。10年経つと、ヤマグチの評判がうっすらと浸透してきました。今は当たり前になっていますが。息子に頼むのも、お父さんお母さんは気遣って頼みづらいんですよ。そういうことを頼んだ人が商品を買ってくれる時は、値切られなくて済むじゃないか、粗利が上がるじゃないか、だからお困り事にこたえればいいんだ、と決断したんです。悩み抜いた結論の「高売り」、海外企業も注目前田 社長が決断をしたときはおいくつぐらいでしたか。山口 50代中頃ですが、量販店が進出してきたときには悩みました。量販店の価格に近づけて売ろうという電気屋さんもありました。でもヤマグチは安売りとは全く別をやってやろう。相手は安く日本一安くに挑戦する。こっちは高売り。前田 選択肢はなかったですか。山口 いやありました。経費を省けば生き延びられるのでは、という考えが頭をよぎりました。でも、中途半端ではダメだ、量販店が安売りなら、うちは高売りだ、という考えに至りました。決断には3年弱かかりました。量販店がでてくる前の1993年~1995年の3期は赤字で、借入金も2億円弱ありました。そこに量販店がでてきたから、パニクったんです。粗利率を上げることに取り組み、今年3月期決算迄、17年間連続黒字にしました。借金は私の保険金で払うしかないって思っていましたが、12年で2億円弱の借入もゼロになり、「安売りしなくてよかった」としみじみ感じました。大きくはなれなかったが、我々が最後に残った。前田 小さいけれど実のなる木になった。先日日本の大手チェーン店ですが、合計では国内で赤字、海外で稼いでいる、というマスコミの発表がありました。会社には適正な大きさがあると思います。山口 拡大できる会社はあるかもしれませんが、我々はそんなことは考えていない。15年位前ヤマグチが粗利を上げようとしている時に、韓国のLG電子から地域店の指導をしてくれという話があり、ヤマグチのやり方を向こうへ行ってお話しました。2年半前には中国のハイアールの会長が直接当社に来て、店主をみんな集めるから、地域店を指導してくれなんて言われました。前田 ロシアからもあったそうですね。山口 ロシアは日本の政府が呼んで、ハバロフスクとかサハリンの中小企業20数社を毎年呼んで、1週間のコースで勉強をやっていて、その内の一日を当社でやるわけですが、ずっと続いています。また今年もお願いしますって言われてます。お客様とのつきあいは一生涯前田 こういうお店を非量販店と言えないから専門店と言ったりします。一般には商品別で業態を分けて、量販店も専門店と呼んだりしています。専門店を定義するのは非常に難しい。ヤマグチさんはどういう位置付けでしょうか。27中小企業支援研究 Vol.1

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です