RSS中小企業支援研究創刊号
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1.イノベーションの新潮流と信用金庫の戦略同書を一読後、読者としてよりも、この本と同じ地域である下町日本橋に生まれ育った自分は、全くの共感を覚えたのだ。著者が特に焦点を合わせた東京の城東地区といわれる地域には、江戸の昔から下町文化を形成するコミュニティが存在していた。そこは、最大の消費地でありまた全国向けのディストリビューションセンターでもある中央地区に隣接している。そして、その巨大なマーケットに住む場と、ものづくりの場が混在する産業風土が、長い年月にわたり形成されてきたのを見ることが出来るのだ。江戸っ子気質というオープンなコミュニティもその産業形成の基礎となっていることを付け加えたい。著者は、イノベーションを育む土壌には、そこで生活しそこでものづくりをするコミュニティの存在があることを語り、そしてこの集積による経済的効果に着眼し分析を加えたものである。その土壌から生まれる文化的価値が、創造、革新の原点であり、そしてコミュニティとしての柔軟な社会構造が人的な交流を豊かにし、ニーズの顕在化と、創造性を発揮させるものであることを実例を通して分かり易く語っている。これは地場産業の集積地といわれる地域に共通したものであるが、東京という巨大都市に属するこの城東地区は、地場産業の複合体といえる構造を持っていて、情報も早くて高度なものが入手できる有利性を併せ持っていることを多数の実例を示し解説している。この中で、地域密着型の金融機関としての信用金庫が取る戦略をベースとして、更に分析を加えることで中小企業のイノベーションを分かり易く説いている。信用金庫は地域に根を張ることを基礎とし、顧客の組織化、交流、コラボレーション、マッチング、そして産学官連携等での支援活動を活発に行い、そしてまた資金供給者の立場から、その変革をスピーディーに対応させてきたのである。著者は、これを企業表彰というデータを基に分析をすることで中小企業の本質的なイノベーションの姿を炙り出し、本書を分かり易い秀逸なものに仕上げている。2.大都市立地の地域産業集積と革新性の要因分析同書には、20世紀末の中小企業基本法の改正以来、信用金庫を含む同法制度に起きた大きな転換が底流にある。我が国の同施策の転換点は、一つには、米国のように民間主導のベンチャービジネスを商工会や商工会議所をはじめとする自治体レベルの諸機関で支援・推進する仕組みがあげられる。これには、金融面からは信用金庫など中小零細企業が立地する地場に拠点を置く機関と連携を図り、各支援機関の強みを共有し活かすことが要となる。これにより我が国では、従来、保護と育成の対象であった中小企業は、バブル経済の崩壊以降、小さな景気変動の浮き沈みを経て、停滞する産業や経済を新しい時代に呼応しうる事業創造と経営革新の担い手で満ちた世界へといざなう存在となった。同書で著者が強調されるように、東京都信用金庫協会は、東京という自治体レベルでは、中小零細企業を支える最も重要な民間金融機関の共同組織である。いわば、町工場や地場産業を構成する中小零細企業の下支えとなる大事な役割を担う。とりわけ、そうした中小企業の中でも、本書で分析された企業は、同協会が「企業会員表彰制度」で表彰した一定水準以上の経営成果と特性を実現した企業である点が最も注目される(はじめに)。著者の指摘の通り、1990年代~2000年代の厳しい経済環境下で、東京地区の非営利の信用金庫においても再編成が行われ、都内の信用金庫の数・店舗数・職員数のいずれも減少した。この時期にも継続された企業会員表彰制度の持つ意味は、単に中小企業の評価が定量的かつ定性的な水準で行われたというより、東京における中小企業の掘り起しとその特徴の分析の枠組みを提供した点に注目すべきである(第1章)。また、東52中小企業支援研究鈴木 孝男著『信用金庫と中小企業のイノベーション』税務経理協会、平成25年7月発行清水 康行書 評

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