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第5章では、信用保証協会の信用保証が中小企業金融に与える効果を調べている。分析対象とした信用保証プログラムは企業の資金繰りを助けたが、それを利用した企業における業績の改善程度は非利用企業を下回ったことが指摘されている。第7章では政府系金融機関が民業を圧迫しているかどうかが検証されている。日本政策金融公庫国民生活事業本部の貸出については民業圧迫という批判が生まれにくい。同公庫中小企業事業本部の貸出先は民間金融機関の貸出先と重なることが多く、民業圧迫が問題となりやすいが、2008年8月に公庫中小企業事業貸出金利が一定からリスク対応にみあった設定に変更された後において、公庫貸出が民間等の貸出に代替するということは生じなかったということが主張されている。第8章では、個人保証や担保に過度に依存しない中小企業金融が可能であるかどうかが検討されている。政府は事業性評価貸出を推進している。公庫は担保や保証を求めない貸出を導入した。だが無担保・無保証においてはモラルハザード抑制の必要性がある。一定の基準を満たす中小企業であればコベナンツの導入で経営者保証の代替が可能であるということが本章で指摘されている。第3部(第9章、第10章)では金融機関の合併や経営統合という行動が中小企業の資金調達可能性にどのような影響をもたらしたのかということが検討されている。43貸出よりも企業の借入や投資を大きく刺激するという予想は成り立っていないことを明らかにしている。第6章では、政府系金融機関による直接貸出が中小企業金融に及ぼす影響を考察している。政策金融公庫中小企業事業本部の貸出を利用した企業においては、資金調達環境が改善しており、また活発な設備投資を行っている。政府系金融機関の貸出の増加は必ずしも民間金融機関の貸出減少をもたらさず、信用保証付き貸出の増加が民間金融機関のプロパー貸出減少で相殺されるのとは異なっている。だが、政策金融利用企業の事後パフォーマンスは改善していない。このようなことを明示している。第9章では、網羅的かつ正確に地域ごとの貸出市場の集中度を、ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)を用いて計算して、金融機関の市場支配力との関係を議論している。金融機関合併時点で貸出HHIは上昇するが、その上昇幅は時間とともに滅衰する。HHIが高まると企業の借入金利は上昇するが、合併による上昇の場合に有意な借入金利の変化は見られない。このようなことを実証している。第10章では、銀行合併が取引先企業の資金調達環境に及ぼす影響を検証している。メガバンクの合併の場合には借入金利は上昇したが、平均的には合併行と取引していた企業の資金調達環境は改善しているということを明らかにしている。終章では、本書で示された実証的な知見が要約されるとともに、中小企業金融の将来が論述されている。中小企業の資金制約の問題は相対的に小さくなっているが、中小企業向けの資金配分には非効率性が存在していると述べ、事業再生の必要性を説いている。地域間の資金配分においても越境貸出には非効率性が見られるとしている。政府が中小企業金融において果たすべき役割や金融機関が果たすべき役割についての政策提言(企業パフォーマンス改善への取組、効率的な資金供給等)を行っている。本書を一読するよう勧めたい。もっとも、本書で中小企業金融が論じつくされたわけではない。中小企業の中での小規模事業者に対する金融は本書で立ち入って考察されていない。無担保・無保証融資の効果の検討はなされているが、事業性評価融資の進展度の検討やその効果の検証はなされていない。こうしたことについても指摘しておきたい。2.本書の意義と課題本書は、膨大な資料を駆使して、政策の効果の精緻な分析を行った、中小企業金融についての実証研究の力作である。分析対象は貸出から信用保証にまで及び、民間金融だけでなく政策金融までも考察し、中小企業金融の現状把握から実証研究によって得られた知見に基づく政策提言までも行った、中小企業金融の総合的研究書である。本書には各章の内容紹介の中で指摘したように数多くの新たな知見が提示されている。中小企業金融支援策の効果を論証するだけでなく、その問題点も明示している。まことに本書は中小企業金融の研究水準を飛躍的に高めたものといえる。本書には要約がついており、専門書であるが、読みやすいものともなっている。本書は2022年度「日経・経済図書文化賞」を受賞している。中小企業者、中小企業支援者、研究者に是非とも

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