RSS-2021
3/60

巻頭言機構長に就任した2020年は新型コロナウイルスに翻弄された一年であった。春には緊急事態宣言が発出されたことにともない、学生の姿はキャンパスから消え、授業もオンラインとなった。機構の活動も例年通りとはいかず実質的には活動休止状態となった。秋には、少し日常を取り戻し、ゼミなど一部で対面授業となり、学生は限定的にではあるがキャンパスに戻ってきた。機構ではオンラインによる事例研究会の開催になんとかこぎつけた。このように、教育においても機構運営においても、これまでと同じようにできないことへのもどかしさが残る一年であった。大学においても激動の年であったが、中小企業も同様で、中小企業の強さと弱さが顕著にみられた一年であったと感じる。社会にソーシャルディスタンスやマスクの着用など「新しい生活様式」が求められると、その変化を機敏にとらえ、新市場の開拓や新規事業の立ち上げに動き出す中小企業も多く見られた。一例として、日本各地の織物産地や縫製業者は、マスク不足が生じると独自の製品・技術によりマスク生産へと乗り出し、ネット販売やクラウドファンディングを活用し、消費者にマスクを供給するなど、厳しい状況でありながらも中小企業ならではの柔軟性といった特徴も見られた。その一方で、飲食・観光・アパレルなどの業種は休業・倒産する企業が多く見られた。私が事例研究でお世話になった岐阜の老舗アパレル企業も、緊急事態宣言により、百貨店をはじめとした多くの小売店が休業方針をとったため、この影響を受け倒産した。私はそのことを新聞で知り会社を訪ねてみたが、玄関には破産管財人の告示書が張られ、玄関横のショールームには新作の洋服とマネキンが置かれたままになっていた。地域を代表する老舗アパレルのひとつであり、日本のフォーマルウェアのトップ3に入る競争力のある企業であった。二代目経営者へインタビューをした時には、ライバル企業を買収するなど経営拡大をしていた時期であり、将来のビジョンや経営への思いを熱く語られていたことが思いだされた。また、「クレド」と呼ばれるカードにまとめられたユニークな経営理念は、経営者の人柄が反映されていて中小企業ならではの個性的な企業であったが、最後はあっけない終わり方であった。こうした出来事にあって思い出したのが、本誌第2号で当時の経済研究所長であった上山俊幸先生が書かれた巻頭言である。上山先生は、「中小企業経営者の経験、経営のノウハウ、経営の要諦、あるいは社会との関係性をアーカイブする」ことの重要性を提唱され、「中小企業の経営者が経営に関連するこれらのことを語っていただけるうちに、アーカイブしたいものである。」と書かれている。大企業であれば、社史が刊行され、その企業がどのような問題に直面し、いかに問題解決をしたのかが記録される。しかし中小企業の場合、社史の刊行は珍しく、廃業するとそうした企業の経験はだれにも共有されずに消えてしまう。上山先生曰く「意思を持ってそれらを記録するということが重要である」ということを、コロナ禍でのひとつのアパレル企業の倒産を通じて再認識させられた。今号にも客員研究員による経営者インタビューが掲載されている。現在の未曽有の事態の中にあって、今の経営者の声を記録しておくことは、ポストパンデミックの中小企業研究において貴重なものになると考える。今一度、本機構の使命、存在意義ともいえる中小企業のアーカイブ構築について、その意義を本機構に関わるすべての方々と共有しながら、今後の機構運営をおこなっていきたいとコロナ禍において考えた次第である。千葉商科大学経済研究所副所長 兼 中小企業研究・支援機構長小谷 健一郎コロナ禍における中小企業研究・支援機構1中小企業支援研究 Vol.8

元のページ  ../index.html#3

このブックを見る