中小企業支援研究vol1
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18中小企業支援研究 別冊顧客と企業の接点は「価値共創の現場」―サービス・ドミナント・ロジックの発想から明治大学商学部教授井上 崇通はじめに今日、企業と顧客の関係のとらえ方に大きな変化が生まれようとしている。本誌で取り上げられる多くの企業例にも見られるような新しい企業と顧客の関係の模索である。このような企業と顧客の関係を対象とした専門領域は、実務の世界および理論の世界で、従来から『マーケティング』という名称のもとに議論されてきている。そこで、本稿では、このような時代の変化をマーケティングがどのように取り込み、新たな視点を提供しようとしてきているか確認していくことによって、「革新する経営者」の今日的姿を浮かび上がらせていきたい。我が国ではバブル経済崩壊後の平成不況と呼ばれる時代、顧客に対する視点が大きく変化していくこととなる。従来はいかに多くの顧客を獲得するかが重視され、顧客を増やしシェア拡大を目指すことが重要な評価尺度であったが、そのような市場対応は時代にそぐわなくなったということである。新しい顧客をつかむことよりも、既存の顧客をいかに維持していくかが重視されるようになる。すなわち、既存の顧客をいかに大事にするかということが企業にとって大事なことであるという目線に変わっていき、顧客価値や経験価値、リレーションシップにつながっていくことになる。これは、決して消極的な視点ではなく、後で述べるように新たな革新的発想へとつながっていくこととなる。さらに、今ひとつ注目しなければならないのが、サービス経済の進展である。マクロ経済環境をみると、GDPに占める割合でも、就労人口に占める割合でも、サービス業が高い比率を占める産業構造が生まれている。そうすると、モノの生産を中心とした従来の4Pマーケティング(Product , Price, Place, Promotion)では十分対応できなくなる。製造業それ自体においてもその収益構造をみると、サービスによって得られる利益がモノの売上から得られる利益を上回るという現象が起きている企業すらある。従来のモノを中心としたマーケティングから、形のないサービスを中心にしたマーケティングの必要性が叫ばれるようになってきたのである。1.サービス・ドミナント・ロジックの登場このような状況を踏まえ、マーケティング研究の領域では、無形の提供物を対象としたサービス・マーケティングと有形のものを対象とした従来のマーケティングとを2つに分けて研究しビジネスに応用していくという流れが生まれてくる。さらに、今日では、それらの2つの領域を包含するより包括的なマーケティングのフレームワークの模索も始められている。企業と顧客の関係についてサービス概念を中心として新たな視点から総括的に把握しようとする研究は、バーゴ(Vargo, S. L.)とラッシュ(Lusch, R. F.)というアメリカの学者が提唱した「サービス・ドミナント・ロジック(service-dominant-logic)(以下、S-Dロジックとする)」である。彼らは、これまでのマーケティングが有形財を中心に議論されているとして、「グッズ・ドミナント・ロジック (goods-dominant-logic)」と名付けて、S-Dロジックと対比されるかたちで批判の対象にしたのである。彼らは、2004年にアメリカのマーケティング専門誌「ジャーナル・オブ・マーケティング」にこの新しい考え方を発表したが、その後多くの専門誌で特集が組まれたり、学会の中心テーマとして議論されたりと、大きな影響を与えてきている。我が国もその例外ではなく、特に、ここ数年の関心の高まりには目を見張るものがある。2.サービス・ドミナント・ロジックが提案する新たな発想それでは、彼らの提唱するサービス・ドミナント・ロジック評論井上崇通 プロフィール明治大学商学部教授、同大学院商学研究科教授明治大学サービス・マーケティング研究所代表日本経営診断学会理事、日本消費経済学会理事、アジア市場経済学会理事、サービス学会理事独立行政法人 科学技術振興機構「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」プログラムアドバイザー

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