中小企業支援研究vol2
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中小企業支援研究 別冊 Vol.218はじめに 「企(起)業家教育」に取り組む日本の大学は少なくない*1。しかし、それが十分に成果をあげているという意見は皆無に近いだろう。中小企業庁(2014)での調査では、日本での「企業家教育が十分に行われている」とする回答は5.4%しかなかった。なにより、安倍政権が掲げた「日本再興戦略」の、「廃業率を上回る10%台開業率の実現」にはほど遠い現状が続いており、企業数の顕著な減少が見られる一方、起業を志す意識は低下の一途である。中小企業庁(2013)の分析では、企業数年平均減少率は3.3%で、20年後には中小企業の数は半分になると予想されるが、「起業希望者数」も顕著に減少し、半減の状態である。 もちろん、企業家は大学や学校から生まれる、教育によって育つとするのも早計ではあるが、こうした世界でも特異な現状に対し*2、手をこまねいてもいられない。残念ながら、「シューカツ」に埋没する多くの学生たちおよびそれを取り巻くメディアの論議、アカデミズムより職業教育に向かえなどの主張、「大学の選別と再編」に意欲的な文科省などの姿勢のうちでは、企業家教育をどのように推進するかについての関心も具体策も乏しい*3。 こうした現状をどのように変えていくのか、それは現に大学教育に関わり、また中小企業や企業家精神の研究をフィールドとする、筆者らに課せられた重要課題であることは言を俟たない。筆者の現在勤務する嘉悦大学ビジネス創造学部や大学院ビジネス創造研究科は、明治36年の学園創立以来、実学を本旨とし、今日「社会ニーズを発掘し、ビジネスを創造する」「起業家精神を養い、社会や企業を変革する能力」等を掲げ、筆者自身のささやかな試みを含め、企業家教育の実践を図ってきている。 このような経験や昨今の諸議論などを踏まえ、大学等での企業家教育をどう考えるべきか、また「新たに企業を興す」機運の醸成だけではなく、むしろ日本ではあまり関心が払われていない後継者育成としての企業家教育に対し、実践例を含めて検討を試みたい。「企業家教育」の制約と限界 まず第一に、「企業家教育」に限らず、学校などの教育の「成果」というものは容易に確認検証しがたい。従事する職業と稼得機会に限っても、我が国では「新規学卒一括雇用制度」としての「シューカツ」が社会制度の頂点に君臨しているうえ、そのために「大学や学校で学んだこと」と、従事する職業や仕事の能力・内容とのあいだに著しい乖離があるのが常態化している。そこで企業家教育だけに直線的な因果関係としての「成果」を求められても、無理がありすぎる。またそれだけに、我が国では大学等をおえてすぐに起業するという事態はむしろ珍しい。いったん就職をして、経験を積み、資金を蓄えたりしたのちに独立開業するというのは伝統的なかたちであり、企業家教育を評 論企業家教育と後継者育成を考える嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科長・教授三井 逸友*1 経産省・大和総研がおこなった2008年調査によれば、大学の46.1%、247校で実践の経験があるとされる。そして、「起業家教育」を目的とするコース・専攻を設置している大学・大学院は1割、55校あるとなっている(大和総研 2009)。*2 GEM(Global Entrepreneurship Monitor)による比較調査では、開業率を含めた日本の起業家活動指数は世界でも最下位を争っており、先進国のうちでも特異なくらいに低い。鈴木(2013)、高橋(2014)*3 英国ではブレア政権下に「起業文化」推進の政策が取り組まれ、学校レベルの「起業教育」が2000年代に強力に推進された。三井(2004)(1947年)長野県生まれ慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院博士課程満期退学駒澤大学教授、横浜国立大学教授を経て、現在嘉悦大学大学院ビジネス創造研究科長・教授横浜国立大学名誉教授(元日本中小企業学会会長、JICSB中小企業研究国際協議会日本委員会委員長、商工総合研究所・中小企業研究奨励賞審査委員、東京都信用金庫協会優良企業表彰制度選考委員長。主著:『中小企業政策と「中小企業憲章」』花伝社、 2011年、『21世紀中小企業の発展過程』同友館、2012年)三井逸友氏 プロフィール

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