中小企業支援研究vol2
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中小企業支援研究 別冊 Vol.219受けた学生たちが「実際に起業したかどうか」を指標とするのは不可能に近い*4。 第二に、これと関連して「教育」の果たせる役割の限界、もしくは「教育だけに」結果を求めたがることの無理もある。個々人の人格と能力形成、人生と職業の選択に関わる諸要素はあまりに幅が広く、また複雑に絡み合っているし、当然ながら偶然的な要素も多い。過去において起業した人々のうち、「教育により」実践に踏み切った例は希有だろうが、一見何の関係もないような学問や教育機会の影響をあげる人も珍しくはない。それもあってか、「起業家育成」を教育の看板にしても成り立ちがたい*5。 第三には、「企(起)業家教育」そのものの中味や方法の曖昧さがある。これに関しては少なからぬ先行研究の指摘するところで、寺岡(2007)は「起業教育」と「起業家教育」とを区別している。前者は会社設立の方法、財務や会計の知識、生産や販売、労務などの管理技術などの知識移転で、つまり起業する意思のある人たちにその方法を教えることであり、講義などの形式でも実施可能なものと位置づけられる。他方で「起業家を育てる」というのは起業家精神を持った人を育てることであり、学問と個性の両立であって、教育としては遥かに困難な作業である。寺島(2013)、高橋(2014)も同様の見地を主張する。米国などでの「起業態度から行動に導く」教育と、「起業態度を促す」教育とは区別すべきという。もちろん後者が狭義の「教育」によって実現するものなのか、前記のように基本的な疑問の余地はある。ただ、論議の混乱を避けるには、このような区別を明確にすることは必要であろう。企業家教育の真の意義と課題  第四に、「起業教育」の限定をしたとしても、企業家のなすべきことは狭い知識「科目」や「方法」の枠組み、範囲を超え、簡単にマニュアル化・形式知化しがたいものであると考える方が現実的である。企業家はほとんどの場合「仕事」の能力をまず備え、「稼げる」力を持つ必要がある(三井 2015b)が、その範囲や責務にとどまらず、事業を構想し、実践し、生じうるさまざまな問題や障害を自身の判断と行動で解決していかねばならない。基本的に「分業」も「責任分担」もない。それを制度化された「教育」を通じて「教える」「身につけさす」などというのは無理がありすぎる。必要なのは、「自主」「自立」の精神力と思考力の涵養、社会のうちでの自己認識と「志」「天職」観の形成、「主体性」と「関与」(コミットメント)の姿勢、それにもとづく問題発見と問題解決の能力の発揮であろう*6。 もちろん、それだから企業家「精神」教育が必要だというのではない。「精神」が「教育」によって形成されるという錯覚こそ最大級の無理難題である。「精神」と「思考力」「実行力」の形成は、それぞれの先天的な影響も否定できないうえ、各人の生まれ育ったさまざまな環境とその文化的諸要素、さらには経る人生経験の数々によるものであり、「外部」からの影響と、「自身」のとった行動のあいだの複雑な相互関係の集合のなせる技である。それらを外面から表現すれば、まさに個々人の「ライフヒストリー」(谷口、2015)のありようそのものである。 「ライフヒストリー」の中では、「教育」の場での経験や知識はその一部に過ぎない。実際に、企業家たちにその価値観人生観や仕事と経営のうえに影響しているものを探っていくと、幼時からを含めたさまざまな「原体験」があげられる。その中には、学校生活、交友、団体活動、アルバイトなどの経験が含まれ、職業生活に入ってからの経験や見聞も多々関わる(中小企業研究センター 2002; pp.32-36)。それは別に企業家となった人々だけに限られるものではなく、「経験」によって人はもっとも「学ぶ」のであり、「教科書」や「講義」はその一助でしかない。 誰よりも「自立」と「主体性」を求められる企業家には、「実践」と経験を通じた「学び」が不可欠であ*4 筆者の関与した1996年調査で、学生1000人余のうち大学を出たらすぐ独立起業する」とのこたえは1.1%しかなかったが、「いずれ独立する」とのこたえは21.5%あった(中小企業研究センター 1997)。また三井研究室実施の2014年調査で、企業家教育を担っている大学教員で「実際に起業したかどうか」を指標とするのに同意したこたえは1割にとどまった。*5 奇妙なことに、個人的グループや私塾は別として、「起業家を育成します」という看板を掲げた専門学校は日本では基本的にない。さまざまな教育、指導の機会はあるが、「教育ビジネス」としてはほとんど成り立たない。もちろん、行政やその助成支援を得て実施されるタダ同然の「講座」「セミナー」が多くあり、有料で「起業家育成をします」という看板を出しても、容易に受講者を集められないこともあるだろう。筆者が関係した社会起業家育成事業(平成23・24年度)も内閣府の助成によるもので、講座受講は無料、そのうえビジネスプランコンテストで優秀と認められれば開業資金になる賞金を得られた。*6 こうした企業家の能力、マインドとメンタリティに関して詳しくは、三井(2001)、同(2015)を参照されたい。

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