中小企業支援研究vol2
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中小企業支援研究 別冊 Vol.220る*7。逆に言えば、そうした主体的な「動機」と「関心」がなければ、どのように優れた書物も授業も、ひとときの(受験のための)「知識」にとどまり、頭の中から消えていく。だから、「起業教育」的な知識や応用方法も、主体的な動機にもとづく関心、そしておのれの思考と行動のツールにしようという「問題意識」があればこそ、「生きた」「つかえる」知識と知恵に咀嚼転化できるのであり、それは「教育」の枠組みを超えた、企業家とそれを志そうとする人々の「学習」の過程・人格的発達としてとらえるべきものである*8。 それゆえ、「企業家教育」にも真に必要なものは「実践」を通じた「学習」とすべきである。おりしも、教育や職業能力形成をめぐっては、主体の関与と学習の環境を重視した、ポストモダンな流れにもとづくLave and Wenger(1991)の「実践共同体論」が有力になってきている。これを企業家教育の分析と解釈、改善方向の議論に応用したのが古澤(2012)である。古澤は「暗黙知」としての「起業マインド」の形成を重視し、これにかかわる学習モデルを、「学習転移」「経験学習」「批判的学習」「正統的周辺参加」の各モデルに区別し、「能力」形成論を媒介としてそれぞれの可能性と制約を検討する。起業マインドの形成とともに、起業の知識を経験を踏まえて習得するには「正統的周辺参加」モデルが「非常によい」。そして企業家教育の進展には、経験と参加の仕組みとともに「組織学習論」を応用していくことを唱えている。 「徒弟制」をモデルとする「実践共同体」と「正統的周辺参加」論に制約があるとしても、古澤の指摘のように、「企業家教育論」は「教育」と「学習」の見地から論じられるに至った。また、「参加」と「経験」を可能にする「共同体」*9には「学校」や「大学」を含めるとしても、その枠組みを超え、「学ぶ場としての共同体」を取り上げることで、「企業家教育論」の新たな構築の手がかりが得られている。「実践的」知識と知恵のために 「主体性」と「経験性」「実践性」を重視するからといって、従来からの「起業教育」を否定する必要はない。「マインド」の確立している人々にはそれは有益であるし、「座学」でさえ無意味ではなく、むしろ「マインド」をいっそう強固なものにするかも知れない。特に、「事業を担うつもりである」「後継者」には「座学」も必要かつ有効であるようにも見える(必ずしもそうとは限らない現状があるのは、以下で述べる)。あるいはまた、社会の問題解決に新たな事業を起こそうとする「社会企業家」志望者たちは、「主体的」志・意思と関与の精神、問題解決へのつよい意欲を抱いている。かえってそれだけに、「企業を興し、営む」ための考え方・知識や知恵には疑問を抱かざるを得ないような例が少なくない。「企業」であることは、誰が代価を払ってくれるのか、その代価で事業は持続可能になるのか、こうした基本を明確にしないといけない。 そこで、「起業のマネジメント」の方法を枠組みとし、実践的知識の習得と応用をすすめ、さらに企業家としての事業機会発見の「センス」とその掘り下げ、ひいては問題意識の醸成錬磨と問題解決能力向上を図る「学び」と「教育」の方法が考えられる。こうした方法の体系化と実践経験蓄積では、米国バブソン大学などの高等教育機関・ビジネススクールが先を行っている。またそれらを日本の条件に応用可能なものとし、「マインド」と「精神力」「志」も意識して、徹底して簡素化・平明化したものが高橋徳行氏の著したテキストである(高橋 2000)。同氏は起業にいたる課題と枠組みを、「事業機会」の発見、「経営資源」の活用、「ビジネス(供給)システム」の構築の3つに整理し、さらにこれらをまとめて事業を立ち上げる起業家自身の「起業活動のダイナミズム」を掲げている。 類書とは対照的に、必要資金と初期投資、売上と収益性、損益分岐点、投資回収と資金繰りなどの財務的指標にもとづくシミュレーション等には、同書は重きを置いていない。実際に事業を立ち上げ、またその存続や継承発展などを図る際には「数字」の把握と分析は欠かせないが、それは「マネジメントスキル」全般の中で習得応用するものだろう*10。その意味では、当然ながら企業家の「学習」の課題と機会はさまざま*7 前出の中小企業庁(2003)も、「経済活動の当事者として、「自分の選択」を「自分の決断」において「活動すること」を学ぶことであり、経済活動を教材としながら、「座学(教科)学習と体験学習を一体とした総合教育」たるものとしている。*8 「まず精神から」「主体的動機から」というような段階論をここで述べているのではない。人間の思考の過程は多様で双方向的であり、経験の作用は輻湊的である。*9 川名(2015)は、「高校を軸とした地域の「同窓コミュニティ」の企業家創出性を、学習と経済・文化・人的・社会関係各資本の見地から指摘している。

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