中小企業支援研究vol4
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中小企業支援研究 別冊 Vol.421はどのようであろうか。2017年3月に発表された、中小企業庁に設置されていた「中小企業・小規模事業者の人手不足対応研究会」が発表した同研究会の「取りまとめ」(中小企業庁[2017])は、「労働力不足」の現状の分析とともに、政策課題として、①女性、高齢者などの多様な働き手が最大限能力を発揮できるように働き方改革や職場環境の整備を進め、企業の魅力を高め潜在労働力を掘り起こすことによって人手不足に対応していくことが重要であること、同時に、②IT機械等の導入等による生産性向上にも、不断に取り組んでいく必要があることを強調している。このような提言自体に異論は生まれないであろうが、既述において明らかなように、企業の「労働力不足」に対する現実に採用されている対処方法の方向とは乖離しており、むしろ、その方向性の変更を政策的に誘導することが期待される課題であろうし、そこに政策の困難もある。というのは、政府の労働政策として、1980年代に開始され今日まで追求されきた「労働改革」の基本線は「労働力流動化」政策であり、「労働力流動化」が進みさえすれば、「労働力不足」は解消されるはずであり、解消しないのはその不十分性に要因があるとされてきた。それがゆえに、一層の「労働力流動化」を推進し、流動化する労働力の「マッチング」を実現することが重要であるとされてきた。したがって、そうした考え方が浸透した過程では、企業としてはひたすら流動化する労働力との即時的な「マッチング」に適応すべく経営努力を継続するしかなかったのである。しかしながら、従来の「労働力流動化」の単純な継承では現在の「労働力不足」に対処することの限界が明らかになってきており、上記の中小企業庁[2017]でも、「労働力不足」の長期化・恒常化を前提として、経営者の変革努力・多様な人材確保・労働生産性の向上を基本に、「中小企業の経営課題・業務、求人像・生産性、人材募集・職場環境」の「見つめ直し」が提唱されている。しかし、そこにも重要な欠落点がある。すなわち、中小企業の経営環境との関係が不明確であり、そこに重要な課題があるからである。 たとえば、現在の「労働力不足」の状況が深化するにつれて、「下請法違反事件新規着手件数及び処理件数」(公正取引委員会[2016])が急増していることである。すなわち、「勧告・指導」などの「処理件数」は、2007年の3060件から2015年の6271件と倍増しており、これまでにも「労働力不足」の状況が強まった時期に上記の下請法関連件数が増加することがあったが、今回のそれは急増であって過去最多の水準に至っている。つまり、大企業が政府の「労働改革」「働き方改革」に協力する過程で「派遣社員」の活用など流動的な労働力の雇用の範囲を拡大してきており、今回の「労働力不足」が集中する流動的な労働市場での雇用コストの上昇あるいは上昇懸念を、下請取引を中心とする中小企業との取引関係の中で解決を求めた結果であろうと推察される。そうであるならば、中小企業にとって、「労働力不足」は経営上の二重の負担を招いており、中小企業の「労働力不足」への対処、取組みを一層困難にしていると思われる。現に「人手不足倒産」の増大(帝国データバンク[2017])が指摘されている。「労働力不足」の進行は今後日本経済の構造的問題を改めて呼び起こして行く可能性があると言わなくてはならない。おわりに 現在の「労働力不足」に対して、今後中小企業においては、多様で多大な経営努力による対処を余儀なくされるであろう。加えて、中小企業としての自企業の存立のあり方について、根本的な再検討を迫られることになる。そして、それなくしては経営それ自体が成立しなくなる。しかしながら、その際、個別企業として自企業と経営環境との関係を考察することが肝心であって、そのことによって、「中小企業の経営課題・業務、求人像・生産性、人材募集・職場環境」の「見つめ直し」が真に可能となり、中小企業としての展望も生まれるであろう。参考文献 大阪府立商工経済研究所(編)[1966]「労働力不足と中小企業の実態 その1〜その8」経研資料no. 399-400, 403, 406-407, 415 中小企業事業団[1990]「中小企業における労働力不足問題に関する研究−東京における実態調査を中心に−」中小企業事業団・中小企業大学校・中小企業研究所 経済企画庁調整局(編)[1990]「労働力不足の時代」大蔵省印刷局 労働省職業安定局(編)[1991]「労働力不足時代への対応」大蔵省印刷局 厚生労働省[2015]「就職率と充足率の長期動向」「労働市場分析レポート」第58号,厚生労働省HP 労働政策研究・研修機構[2016]「「人材(人手)不足の現状等に関する調査」(企業調査)結果及び「働き方のあり方等に関する調査」(労働者調査)結果」JILPT調査シリーズNo.162,労働政策研究・研修機構HP 厚生労働省[2016]「労働経済動向調査(平成28年8月)の概況」(表14)厚生労働省HP 公正取引委員会[2016]「平成27年度 年次報告」公正取引委員会HP 中小企業庁[2017]「中小企業・小規模事業者の人手不足対応研究会 取りまとめ」中小企業庁HP 玄田有史(編)[2017]『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』慶應義塾大学出版会 帝国データバンク[2017]「「人手不足倒産」の動向調査(2013年1月〜2017年6月)」帝国データバンクHP統計資料 財務省・財務総合政策研究所「法人企業景気予測調査」(各号)財務総合政策研究所HP 中小企業庁「中小企業景況調査」(各号)中小企業庁HP 厚生労働省「一般職業紹介状況」(各月)厚生労働省HP 厚生労働省「雇用動向調査」(年半期)厚生労働省HP

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