中小企業支援研究vol6
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中小企業支援研究 別冊 Vol.621念を企業に定着させるには、できうる限り多くの従業員を経営に参画させながら、迅速かつ革新的な意思決定を行うことが重要であると説いている。しかし多数者の参画は、決定結果の「平均化」を招き、イノベーションの弊害となることについても指摘している。優れた企業では、戦略的意思決定の段階で、①カシ・カリ10の論理の遂行、②根まわし、③公式な決定、の3つの過程を経ることが有効であるとしており11、これらから解ることは、戦略的な意思決定を図るうえで、経営理念の明確化を軸に、従業員、さらには役員との関係性を重視しながらマネジメントを図り、事業承継後に問題となる承継者と役員間のあり方における経営理念の定着化の重要性について検証している。戸田(1984)は、経営者の人間的側面の影響について、とりわけ企業を倒産させる要因としての視点から考察している。倒産企業経営者と成功企業経営者とを分析対象に、倒産と成功の要因としての経営者のパーソナリティ特性を抽出し検証を行った。結果として、倒産企業経営者と成功企業経営者のパーソナリティについては、対照性があるとし、主体的・先天的な特定のパーソナリティ特性の存在を、ある程度認めざるを得ないという結果を示している12。これは中小企業が異質多元的主体であることを示しており、「中小企業は人なり」といわれるなかで、事業承継者の不在あるいは不足が懸念されているが、血縁としての系譜的親族であっても、その資質(能力や意欲)に欠ける場合には事業承継させることへの危険性を示唆している。高田(1974)は、経営学の基本的問題である経営目的の1つに、社会的責任が包括的に議論されるべきであるとの視点から、経営者の社会的責任について論じている。すなわち社会的責任とは、環境諸主体(ステークホルダー)の主体性を尊重しなければならないということであるとの主張である。つまり経営者の社会的責任とは、「経営者がその環境諸主体の主体性を尊重するためになすべきことを決め、なすべきことをなさなければならないということ」であり、経営者の職務は社会的責任を経営理念のなかに取入れ、その責任を果たすことであると検証している13。最近でこそ、経営理念の重要性が指摘され、企業の社会的責任(CSR)が問われているが、高度経済成長時代の事例研究からも同様にその必要性が求められているとする業績であり、人口減少下の日本経済における中小企業の事業承継においても、企業や経営者が果たすべき社会的責任については、時代や経済環境に関わらず重要性を有していることが改めて理解できる。落合(2016)は、事業承継に際しての独創的な行動による次世代経営者としての役割という視点から事業承継について考察している。事業承継者の独創的な能動的行動に影響を与える承継プロセスを解明するという視点から、事業承継における承継者の正統性、事業承継プロセスにおける承継者の制約性と自律性についての考察がなされている。承継者の正統性が十分に確保されていない場合には、承継者は「制約と自律のジレンマ」的状況におかれるとしている。しかしこのジレンマが事業承継上の恒常的なベンチャー的戦略行動としてのチャレンジとなっている可能性や、このチャレンジが心理的エネルギーを向上させ、独創的・能動的行動や能力の蓄積を促進している可能性について示唆している14。このような事業承継プロセスは、事業承継が短期的に完了するものではなく、長期的な事象であることを示している。承継者としての素養を醸成するには、経営行動や事業展開における表層的な事象のみならず、社内はもちろん取引先等も含めた、あらゆるステークホルダーとの関係のなかでの承認、つまり認知されてこそ承継したといえる。こうした事業承継プロセスを踏まえて事業承継には、早期から取組み、時間をかけて成熟させていくことが必要となる。これらの先行研究では、それぞれの視点から考察や検証がなされているが、大別すると以下のようになる。第1には、事業承継者本人の資質や立場に関する議論で、今村(2017)・戸田(1984)の研究が相当する。第2には、事業承継者の企業内外との関係性に関する議論で、清水(1997)・高田(1974)が該当する。第3には、事業承継のプロセスそのものの意義・価値に関する議論で、落合(2016)が該当する。こうした研究は、日本的経営を承継していくうえで、事業承継には「系譜性」が最優先される要素であるとの解釈が可能である。特に今村(2017)は、創業者一族の存在が与える影響の視点から「系譜性」の重要性・必然性について述べている。また落合(2016)は、「正統性」という表現を用いているが、およそ「系譜性」と同義的な10 カシ・カリの論理の遂行とは、社長が役員にいわゆる“カシ”をつくり、それらの役員が常に社長に“カリ”を感じている雰囲気を醸成すること。11 清水龍瑩(1997) pp.111による。12 戸田俊彦(1984) pp.149-153による。13 高田馨(1974) pp.12-13による。14 落合康裕(2016) pp.233-235による

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