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20特 集変化の時代を生き抜くFinTech活用46はじめに1 会計事務所のビジネスモデルは極めてアナログ的な「記帳代行」から始まった。しかも、このビジネスモデルは戦後70年間も続き、ひとつのビジネスモデルとしては稀なことだといえる。本稿は、このビジネスモデルの変遷と、今日までを振り返りながら、現状の問題点を検証する。 簿記会計の進化とITの進化とを時間軸で比べてみると、それぞれの相違点が見えてくる。戦後初のコンピュータに“ENIAC”があった。“ENIAC”は17,468本の真空管で作られていた。真空管とはすでに死語となっているが、筆者が中学生の頃は真空管でラジオを組み立てる趣味が流行っていた。真空管の耐用年数は約2,000時間だということで、17,468本÷2,000時間≒9本となり理論的には1時間に9本の真空管が故障する計算になる。これでは専門の真空管取り換え係が必要となり、実際のところ、真空管の取り換え係が存在していた。しかも、このコンピュータは機能的には弾道計算を主体としており、民生用ではなかった。したがって、比較できないことではあるが、コンピュータの延長線上に今日のIT社会があるとすると、雲泥の差が存在する。 今日の社会を振り返ってみると、ハード面でもソフト面でもとんでもない進化を遂げた。コンピュータは弾道計算のみの道具から、スマホのように子供たちのおもちゃにまで変貌してしまった。ビジネスモデルの発生2 会計事務所のビジネスモデルは戦後に始まる。日本の占領政策の中で、連合国司令部(GHQ)はいくつかの旧来の制度を廃止した。財閥解体、農地解放などがそれである。これにより、日本のいわゆる民主化が始まった。 いくつかの占領政策のひとつに、財政改革を挙げることができる。俗にシャウプ勧告と呼ばれているものである。シャウプ勧告では、それまでは間接税中心であった税制を直接税中心に変更しようとした。ちなみに、青色申告、白色申告と呼ばれることになるのはシャウプ勧告でbluepaper、whitepaperと記載されていたことに起因する。また、これは結果的に申告納税制度の定着を余儀なくするものであった。 さて、納税には課税標準が必要不可欠である。つまり、どれだけの対象に対して、どれだけの単位で税金を算出するか、計算する必要が生じる。例えば、所得税や法人税であれば、当期利益を基にして税額をはじき出すことになる。順番に説明すると、まずすべての収入を集計して、さらにすべての支出を集計し、収入から支出を差し引いて利益が算出される。次に、利益から税法上の規定に従って、損金不算入などの規定を会計事務所のビジネスモデル発生からフィンテック税理士法人行本事務所 代表社員税理士株式会社YKプランニング 代表取締役行本 康文YUKUMOTO Yasufumiプロフィール1973年3月山口大学経済学部卒業後、東洋工業株式会社(現マツダ株式会社)入社。その後、1980年に広島の黒木会計事務所へ入所。1982年1月に現在の事務所の前身となる行本税理士事務所を開設した。 また、1987年に設立した株式会社YKプランニングではコンピュータシステム、コンピュータソフトウェアの企画・開発・制作・販売・レンタル及び保守を行っている。特 集変化の時代を生き抜くFinTech活用

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