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146界のスーパーパワー、アメリカの大統領が露骨に自国中心主義を打ち出している。EU(欧州連合)諸国でも移民・難民受け入れ問題をきっかけに自国民主義が勢いを増しているという。それぞれの国民が自分中心の利己主義に走っているのだ。 フランスを代表する歴史学者、経済学者のジャック・アタリ氏(欧州復興開発銀行初代総裁、ミッテラン元大統領特別補佐官)はこのような近年の状況を近著で「世界中の社会に憤懣が蔓延している。これは次第に激怒に変わるだろう」とやや過激なことばで表現している(『2030年 ジャック・アタリの未来予測』)。 社会に欲望とフラストレーションが蔓延し、みんなが自分の眼先の利益、欲望を満たすための手段として民主主義を利用しているのだ、という。なぜ最近になってこんな不安定な状況が表れてきたのか。 ハーバード大学のベンジャミン・M・フリードマン教授は、南北戦争から今世紀初頭までの150年間を対象に「経済成長と人々のモラルの関係」について実証的に分析している。その結果、「人々の大半が最も幸福で快適だと感じるのは、社会が前進しつつあるような進歩の時代であり、社会が究極の豊かさに到達し停滞したときではない。進歩の時代には社会は解放的で人々は寛容である。全般的に行き渡る経済成長は社会を道徳的に高めるような人々の態度や制度を生み出す」という結論を導き出している(『経済成長とモラル』)。 経済が成長し所得が伸びている時代には、人々は豊かさや満足度を他人ではなく過去の自分と比較して幸福になる。ところが所得の成長が停滞すると他人との比較が重要な基準となり、寛容な社会の実現が困難になる、というのだ。 現状はどうか。アメリカの景気拡大は今年の7月で10年目に入り、失業率は4%を割り込んで戦後最低水準にある。アメリカばかりでなくユーロ圏も日本も経済は順調に拡大している。マクロ指標で見る限り経済は好調であり、人々は寛容な心で幸福感を味わっているはずなのだ。なぜ欧米諸国でそうはなっていないのか。 クレディ・スイスの2015年度調査によると、現在、富裕層上位10%が世界の富の90%近くを所有している。しばしば指摘されるようにこの大きな所得格差が問題の根源にある。フリードマン教授の計算では2007年のアメリカの中位所得世帯(所得分布の真ん中に位置する世帯)の実質所得は2000年と同水準だったという。この間に実質GDPは年率2.4%で増加している。 つまり経済全体の所得は戦後の平均的な成長率で増えたのだが、増加分は所得上位層に吸収され、ほとんどのアメリカの人々の所得は停滞しているということである。この傾向はその後も変わっていない。経済成長が全般に行き渡っていないのだ。 それで終わりではない。優れたジャーナリスト達によって2016年4月に暴露された「パナマ文書」は、世界の富の大部分を手にしているほんの一部の超富裕層やグローバル企業が、課税を回避するためにあらゆる手立てを利用している実態を明らかにした。 それではどうすればよいのか。明らかなのは経済成長が必須だということだ。一部に「もはや成長を追求すべき時代は終わった」という議論があるが、これは間違いだ。経済が停滞すると、社会は寛容性を失い、不安定化する。 ただ注意すべきは、成長の構造、中身だ。格差の拡大を抑え、経済成長の果実が人々の間に広く行き渡らねばならない。アメリカの所得格差は1920年代と同等だといわれている。1980年代の共和党・レーガン政権のもとでの大規模な富裕層減税が大きく影響している。残念なことにトランプ政権は所得再分配政策に熱心ではないようにみえる。 一方、日本は今世紀に入って高齢化の急進展もあって家計収入ベースでは格差が拡大しているが、幸いにも所得再分配後ではほぼ横ばいである。政府債務の増加に歯止めがかからない状況では高額所得者、高額資産保有者の負担をさらに強化すべきだろう。 その上で成長率自体を引き上げる必要があるが、人口減少過程にある日本では1人当たりGDPの成長率、つまり生産性の引き上げが不可欠である。エゴむき出しの世界  処方箋はあるのか巻頭言世プロフィール1965年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。編集局証券部長、論説委員を経て、2000年千葉商科大学政策情報学部教授。現在、学校法人千葉学園常務理事、千葉商科大学名誉教授。主著「ゼミナール 日本経済入門」「新生日本経済」(共著)「日本証券史3」(単著)など。学校法人千葉学園常務理事/千葉商科大学名誉教授内田 茂男UCHIDA Shigeo

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