cuc_V&V_第52号
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2952載されているケースを含めると7割以上の大学が、何らかの形で学生が「倫理的」に振る舞える人物になることを目指している1。大学は高校まででは得られなかった高度な知識や技術を学ぶ場であるが、同時に人格を陶冶する場としても期待されてきた。多くの大学が倫理観を備えた人物を輩出することを目指す理由はここにあるのだろう。そして、こうした文言をディプロマ・ポリシーに記載するということは、学生の高い「倫理観」を、教育の結果として示すということでもある。だが、他者の「倫理観」について、その高低を外側から評価することにはある種の躊躇いを禁じ得ない。そうした評価をすること自体は果たして倫理的であると言えるのか、という疑問が生じるからだ。中央教育審議会が提言した「学士力」の中には、「態度・志向性」のカテゴリーに「⑶倫理観:自己の良心と社会の規範やルールに従って行動できる」という記載があり、ここからは「倫理観」が測定可能な「力」として定義されているようにも見える2。では、「倫理観」は専門知識や技術と同じように測定・評価することが可能なのだろうか。可能であるとすれば、それはどのような条件を必要とするのか。あるいは、可能でないとしたら、なぜ多くの大学が「倫理観」を学位授与に必要な条件に掲げているのか。以下、限られた観点からではあるが、学生の倫理観を学習成果として可視化することの問題と可能性について考えてみたい。「倫理学」系科目の評価と倫理観2多くの大学は、1〜2年次に履修が奨励される教養課程の科目に「倫理学」を置いている。それは「倫理学概論」のような入門的な性格を持つものから、「環境と倫理」、「情報と倫理」、「医療と倫理」のように専門分野と結びついた、より具体的な倫理的課題を扱うものまで幅が広い。まずは、こうした倫理系科目を受講して高評価を得ることが、学生の高い倫理観を示しているかを検討したい。倫理については倫理学という学問分野があり、当然だが倫理について専門的に思考している研究者がいる。一方で、倫理は、そのことを全く専門的に考えたことがなく、体系的に学習したことのない人々にとっても重要な意味を持つ。むしろ、全く倫理学を学んだことのない人々が日々の暮らしの中で倫理的な問題に直面せざるを得ないからこそ、倫理学という学問が生まれてきたと言えるだろう。そして、ある人物が倫理的であるか否かは、その人間が倫理やモラルについての豊かな知識を持っているかどうかということよりも、具体的な問題に直面した際に、倫理的に行動できるかということにかかっている。もし、知識の有無や量によって倫理観が測れるのだとすれば、倫理学者こそが最も高徳な人物ということになるが、この意見に同意する者は少ないだろう。高い倫理観は、そう考えているだけでなく、それを実践に移したときに、はじめて持っていたと評価されるからだ。例えば、環境倫理がそれまでの人間中心主義から脱人間中心主義へと変容しつつあるということは、人間と自然の共生を実現するための具体的な対策を考えるためには不可欠な知識であろう。一方で、廃棄物による環境負荷を減らすために定められたゴミの分別ルールを守ったり、温暖化対策のために冷房の使用を控えることは、環境倫理の現代的な展開を知らなくても十分に遂行することができる。逆に、「環境と倫理」の講義でSの評価を得ながら、分別ルールを無視したり、躊躇なくエアコンの温度を18度に設定する人物が存在することも想像に難くない。まずは、倫理についての知識の有無や量が倫理的な行為を保証しないことを踏まえる必要がある。だからといって、倫理的だと見なされる行動を取ることが直ちに高い倫理観を証明するわけでもない。人々の日常的な行為は、倫理的な判断のみを根拠としているわけではないからだ。アンソニー・ギデンズは人間の行為が、アクセス可能な資源の多寡と、行為を規制する様々な規則の参照によって構造化されているとする(Giddens 1985=2015)。この考え方に照らすと、例えば、ゴミの分別は、それを行う当人の可処分時間や心身の健康状態、家事を手伝ってくれる他者の存在といった資源の側面と、分別についての国や自治体のルール、それを守らなかったことが発覚する確率や発覚した際の罰則の重さ、そうした罰則を受けたこ1各大学のディプロマ・ポリシーは、大学全体の方針が掲げられているものがある場合はそれを、大学全体の方針が示されていない場合は各学部のポリシーを対象とし、1学部でも「倫理」について記載があるものは「記載あり」とした。なお、千葉商科大学では「実社会における諸課題を発見し、その解決に主体的能動的に取り組む使命感とモラル」を「高い倫理観」としてディプロマ・ポリシーに掲げている。(https://www.cuc.ac.jp/about_cuc/educational_policy/policy/index.html 2021年7月30日最終確認)2なお「態度・志向性」のカテゴリーには、⑴自己管理力、⑵チームワーク、リーダーシップ、⑶倫理観、⑷市民としての社会的責任、⑸生涯学習力、が挙げられている(中央教育審議会 2008:13)。特 集CUCの倫理教育

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