cuc_V&V_第52号
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3052とに対する世間の目といった有形無形の諸規則によって構成されることになる。ある人物Aは、家庭ゴミが環境を汚すことの問題について深い知識と関心を持っており、厳密な分別をしたいと思っているかもしれない。しかし、共働きにも関わらず自分一人が家事を担わなければならず、疲労も慢性的に溜まっている。集合住宅のゴミ収集所では誰が出したゴミかまで突き止めることはできない。そこで罪悪感を感じながらも汚れたプラスチック包装を燃えるゴミに出してしまう。一方で、別の人物Bは、特に環境問題に関心を持っているわけではないが、自分は外で働いているわけではなく、家事に使える時間も十分にある。ゴミの分別は決められたルールだし、他人にルール違反を指摘されたくないので分別はきちんとしている。AとBのどちらが環境について高い倫理観を持っていると言えるだろう。高い関心を持ちながらも、自身の置かれた生活状況から徹底した分別のできないAと、環境に関心はないが結果として低負荷の行為を行なっているB。AとBのどちらが倫理的というべきかについては異なる見解が取り得るだろう。こうした事例は無数に想定することができるし、そのそれぞれのケースにおいて生じる課題を整理するのが倫理学の役目でもある。だが、このように行為として現れる部分を対象にしてさえ、それが倫理的であるか否かの判断は極めて難しい。倫理学の授業の中で教員が話した知識内容を正しく再現・実演できることは、その人物が高い倫理観を持つことをなんら保証することはない。倫理的な行動や能力評価の試み  看護医療分野における実践例3では、どのようなケースであっても倫理観を評価の対象とすることができないのかと言えば、必ずしもそうではない。例えば、看護医療の分野では看護師の「倫理的行動」を自己評価させるための尺度開発の研究が進められている。これは既に看護師として働いている人々だけでなく、看護実践に関わっている看護学生も対象としており、大学教育における倫理観の評価枠組みを考える上で参考に値する(永野・舟島 2019、 相原ほか 2020)。看護行為は患者の権利や尊厳の確保に密接に結びつくため、看護師は頻繁に倫理的問題に直面する3。このことが看護師の倫理観を評価する枠組みの必要性を高める。例えば、臨床看護師799名を対象にした小川和美らの調査研究では、「患者の権利と尊厳を尊重すること」や「患者の生命の質(QOL)が考慮されていないこと」といった比較的抽象的なものから、「患者や家族の意向に反して患者の治療をすること」「単に苦痛を増強させるような不適切な方法で死に逝く過程を引き延ばすこと」のような具体的なものまで、35項目の倫理的問題について、それが生じる頻度と悩みの程度を調べている。調査結果からは、頻度の高低はあれ、過去1年という短い期間内で多くの看護師が何らかの倫理的問題に直面していることが窺える(小川ほか 2014)。こうした事情から、日本看護協会は看護職者に向けた倫理綱領を公表している。これは1988年に「看護師の倫理規定」として策定されたもので、2021年3月に「看護職の倫理綱領」として改訂されている。綱領は、生命・尊厳の尊重、平等な看護、信頼の構築、選択の支援、秘密の保持、安全の確保、自己の責任と能力の把握、継続的な能力向上、他職種間の協働、行動基準の設定、研究開発、看護職自身のウェルビーイング向上、品位の保持、社会正義の共有、社会づくりへの貢献、災害支援の16項目について、「あらゆる場で実践を行う看護職を対象とした行動指針であり、自己の実践を振り返る際の基盤を提供するもの」とされる(日本看護協会 2021:1)。こうした共通の倫理綱領が存在することで、それに準じた行動がとれているかを測る動機が生まれる。看護職者の「倫理的行動」を評価する尺度開発にあたっては、看護師自身に自己評価させる試みと、教育課程において学生の「倫理的能力」を外部から評価する試みの2つの方向性がある。前者について、永野と舟島の研究では、「いついかなる時も「善である」という判断の基、倫理的に行動しているか否かは、看護師自身が知るのみである」ことから、「その質を自分で評価し律していくための指標、すなわち倫理的行動の質を自己評価する尺度が必要」とする(永野・舟島 2019)。一方で、片山と村松は、看護学生を含む看護教育において「倫理的能力の評価が可能な看護倫理に関する現任教育プログラムを作成・評価・運用することは喫3同じ理由から、医療分野や介護分野においてもその必要性は認められるはずだが、研究事例や共通の倫理綱領の策定といった積極的な活動は看護医療の分野に目立っている。その背景として、医師よりも患者に接する機会が多いこと、また、介護士よりも患者の生命に関する重大な選択に直面する機会が多いことから、倫理的問題を認知する局面が多いことが推察される。特 集CUCの倫理教育

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