cuc_V&V_第52号
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3152緊の課題」として、「エビデンスに基づいた職能の評価」であるコンピテンシーを用いた評価ツールの開発を行なっている(片山・村松 2021)。いずれの尺度開発も、既に実務に携わっている看護師へのアンケート及びロングインタビューによって得られた質的データから評価項目を抽出しており、永野らの研究では31の質問項目からなる評価尺度を、片山らの研究では、4つのコア・カテゴリーと6つの項目からなるコンピテンシー・マトリックスを作成している。倫理学の講義で高い評価を得ることとは異なり、看護領域における倫理的行動の評価尺度や評価ツールの開発は、具体的な行為として現れてくる判断や思考、態度を評価することを目指している。では、こうした評価手法は、看護医療系以外の大学における教育課程にも活用できるのだろうか。次節では、学習成果を可視化する手法の検討を通じて、その可否を論じたい。学習成果の可視化方法と倫理観4学習成果を可視化する方法とツールについて、松下佳代は〈目標としての学習成果〉と〈評価対象としての学習成果〉を分けた上で、前者についてはコースツリーやカリキュラムマップを、後者については学習行動調査、アセスメント・テスト(学習到達度調査)、ミニッツ・ペーパー、ルーブリック、パフォーマンス評価、学修ポートフォリオなどを挙げている(松下 2017:98-99)。また、学習成果を評価するための指標には量的なものと質的なものがあり、それらを教員や大学が直接評価する仕組みと、学生の自己評価を経て間接的に評価する仕組みを交差させることで4つの評価タイプを設定している(ibid.:102)。このうち、倫理観や倫理的能力の測定に関わるのは、〈評価対象としての学習成果〉における質的評価・間接評価、質的評価・直接評価の手法である。ここでは質的評価・直接評価の手法であるルーブリックの作成・活用に注目したい4。倫理に関する学習成果の可視化の取り組み例として、米国大学協会Association of American College and University(AAC&U)が策定した「倫理的推論に関するVALUEルーブリック」がある5。AAC&Uは、学士課程における本質的学習成果essential learning outcomesのなかにEthical reasoning and action(倫理的推論と行為)を挙げており、このルーブリックはそれに対応している6。まず、ここでは評価の対象となる能力が、「倫理観」や「倫理的行動」ではなく、「倫理的推論」であることに注目したい。その定義は「人間行為の善悪に関する推論」であり、「学生は自己の倫理的価値観と問題の社会的な関係性を評価し、様々な場における倫理的な問題を認識し、倫理的なジレンマに異なる倫理的視点を応用する可能性を考え、選択肢となり得る別の行動を取った際の予期せぬ影響について考えることを求められる」。ルーブリックでは、「倫理的な自己認識」「異なる倫理的視点や概念の理解」「倫理的問題の認識」「倫理的視点・概念の応用」「異なる倫理的視点・概念の評価」の5項目を、ベンチマーク(1)、中間基準(2、3)、最終基準(4)の4段階で設定している。このように倫理的推論を定義した上で、しかし、このルーブリックの役割は、学生が個別の場面で倫理的に振る舞える力を持っているか否かを判断することにはない。一般教養課程は、大学で学んだことを行動に移すことができるような学生を育てることを目指すべきだが、学生が実際に倫理的な行動を求められる状況におかれたときに、倫理的な行動を取るかどうか判断するのは不可能に近いか、あるいは不可能である4筆者が所属する千葉商科大学でも、2020年度に「ルーブリックに基づく学修成果の可視化」のためのワーキンググループが設置され、学生による大学での学びの主観的自己評価の仕組みについて議論がなされた。当初案として検討されたものは、ルーブリックに基づいて学生にリッカート尺度で自己評価をさせるものであり、4節で言及する分類で言えば、学生による主観的自己評価なので間接評価、ルーブリックを用いてはいるものの数値化がなされるため量的評価ということになり、直接評価・質的評価の手法としてルーブリックを用いたものではない。松下は、学習成果の可視化が孕む問題として「数値化可能な学習成果への切り詰め」を挙げている。「ルーブリックが質的評価のツールというより、単に質を数値化するためのツールとして使われるように」なることで、学習成果が数値化可能な形でしか評価されない危険性があり、当初案ではまさにこうした懸念が顕在化していた(松下 2017:106)。註9も合わせて参照されたい。5AAC&UのVALUEルーブリックは、「探究と分析」「批判的思考」「創造的思考」「文章表現」「オーラルコミュニケーション」「読解力」「量的分析リテラシー」「情報リテラシー」「チームワーク」「問題解決力」「市民参加」「異文化知識・対応能力」「倫理的推論」「生涯学習の基盤とスキル」「グローバル学習」「統合的学習」の16項目について作成されている。(https://www.aacu.org/sites/default/les/les/VALUE/JapaneseVALUERubrics.pdf:2021年7月30日最終確認)6なお、本質的学習成果のなかで「倫理的推論と行為」はPersonal and Social Responsibility(個人的及び社会的責任)というカテゴリーに含められており、同じカテゴリーにはCivic knowledge and engagement –local and global(市民的知識と関与―ローカル及びグローバルに)、Intercultural knowledge and competence(異文化の知識と能力)、Foundations and skills for lifelong learning(生涯学習のための基盤と技術)が挙げられている(https://www.aacu.org/essential-learning-outcomes:2021年7月29日最終確認)。特 集CUCの倫理教育

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