cuc_V&V_第52号
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3352ためには、倫理的な判断を要する状況や条件が具体的に限定されている必要があるということ。看護医療の分野において、倫理的な思考や判断、行為、態度を「能力(コンピテンシー)」としてみることができるのは、看護の実務においては、個々の場面でどのような行動を取るべきかが常に問われ、それゆえ、その問いに対する答えを出そうとする試みが不断に行われていることから、倫理的な判断を求められる状況を限定できるためである。その経験の蓄積が、全ての看護職者を対象とする倫理綱領の存在を可能にしている。もちろん、倫理綱領があるからといって、あらゆるケースで「正しい判断」を下せるようになるわけではない。大事なことは、倫理的ジレンマが生じる状況において「正しく悩み、迷う」ことができるということだろう。倫理綱領が存在することで、どのような場面で、何が何と対立してしまうのか、対立したときにはどのような倫理的ジレンマが生じるのかを具体的に予測することができる。こうした視点、課題、状況の限定が、倫理的な意思決定能力の評価を可能にしている8。第二に、上記のような状況・条件の限定がないケースでは、倫理に関わる思考や行為を直接評価することはできない、ということだ。そこで、評価の対象を別の能力に向けるか、あるいは学生自身に自己評価をさせる間接評価の手法を取り入れる必要が生じる。AAC&UのVALUEルーブリックでは、「倫理的な選択をするための知的ツールの保持」を能力と捉えることで評価の対象から倫理的選択そのものを除外している。学生が、倫理的な選択を求められる場面で、どのような選択をするかは判断ができないが、そうした状況に直面した際に使うことができるかもしれない知的ツールを持っているかどうか、持っているとしたらそのツールの精度はどの程度なのか、については能力として判断できるということだ。また、あくまでも学生の倫理的な選択それ自体を評価の対象としたいのであれば、それは学生自身に自らを振り返らせる間接評価の手法を通じて行うことになる。ただし、この際にも、自己評価のためのツールの設計には十分な注意が必要になる。広く社会生活一般で生じうる倫理的選択に対しては、視点や課題、状況、条件などを限定することができない上に、倫理的ジレンマが生じる状況も決して少なくはない。したがって、特定の判断ができているかどうかを前もって評価ツールに組み込むことは不可能と言って良い。数値化を行うことも極めて難しく、手法としては間接評価・質的評価の象限で構想する必要がある。おそらくミニッツ・ペーパーやリアクション・ペーパーのように、学生自身に自らの思考や選択を記述させるものが適していると考えられるが、自己評価を行うタイミング、記述の分量、フィードバックの方法、自己評価の活用法など、採用に連動して考慮しなければならない課題は少なくない。おわりに5以上の議論を踏まえ、ここで冒頭の課題に戻りたい。多くの国公私立大学は、ディプロマ・ポリシーに、高い「倫理観」や「倫理性」、「倫理的態度」を持った人物であることを掲げており、そうである以上、学生の倫理観の高さを可視化可能な形で示すことを求められている。だが、学生の「倫理観」は、看護医療のように特定の状況・条件が明確な場合を除き、それを外部から直接評価することに適したものではない。そもそも、倫理「観」は能力とは言い難く、それゆえ4年間の学士課程で段階的に発展していくものと想定することも難しい。1節で示した問いに対する暫定的な答えは、「「倫理観」を専門知識や技術と同じように測定・評価することはできない」ということになろう。では、多くの大学が「高い倫理観」を「学位授与の方針」に掲げてしまうのはなぜか。幾つかの理由を推察することができる。第一に、2008年に「学士課程教育の構築」答申で提言された、ディプロマ・ポリシーの理念が十分に伝わっていないということ。第1節でも引用したように、同答申では既存の建学の精神などが「総じて抽象的」で、そのままでは「学位授与の方針」になり得ないことを明言している。だが、多くのケースで、ディプロマ・ポリシーは建学の精神のような「古き良き時代の方針」をそのままスライドさせている。「三つのポリシー(DP、CP、AP)」の策定・公開が義務付けられたのは、学士という学位がどのような能力を証明しているかを明確にするためであり、その意味では内実が可視化されるものでなければ意味がない。そうであるにも関わらず、そもそも可視化に向かない項目をディプロマ・ポリシーに掲げているということは、答申の意図が伝わっていないか、あるいは形式主8もちろん、そうして評価される倫理観や倫理的能力は、看護師という職業人としての振る舞いについてのものであり、当該人物の人格全てに及ぶものでないことは付言しておく必要がある。特 集CUCの倫理教育

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