cuc_V&V_第52号
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4352トピックスそれは、企業価値向上を短期的視点で捉えていた機関投資家にさえも、目の前に繰り広げられる予想だにしない混乱に対峙し、長期的視点を持たせることを余儀なくさせたほどである。つまり、これまで考えられてこなかった社会的リスクが、実は企業の経済的側面、例えば企業の利益を圧迫するリスクとして認識されたのである。こういった一連の流れは我が国の企業のCSRに対する認識を大きく変えた。我が国では、2003年がCSR元年とされており、この年に多くの企業でCSR課が設置された。当初CSRの考え方は各企業において完結するものであったが、やがてISO26000やSDGsといった新たな価値観と結び付き、グローバルスタンダードに適合することが求められるようになった。つまり、これまで企業経営にとって補完的な役割しか有さなかったCSRを主体的、また関係主義的に捉えていくことが我が国の企業に求められたのである。そこで、本稿では、昨年の論考1において明らかにしたこういった一連のCSRの展開を踏まえ、そこから表出するCSRのもつ現代的意義について論じていく。第1章 「企業と社会」論の変遷2015年に国連で採択された「誰一人取り残さない」を目標とするSDGsは2030年の期限に向けて我が国においても様々な場面で注目されている。SDGsとは、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、貧困や飢餓、気候変動といった我々が今日直面している社会問題に対処し、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標である。とはいえ、SDGsの期限は残すところわずか10年しかない。さらに、昨年からはコロナ禍という大きな混乱が世界中を覆い、SDGsが標榜する誰一人取り残さないといった理想の実現が危うくなっている。我々はこの状況に対し、どのようにSDGsに向き合うべきだろうか。その問題意識の根底には実は開発と環境の関係の難しさがある。これは、現在のコロナ禍において我々が直面する問題によって直観することが可能である。コロナ禍においては、各国政府が感染拡大を抑止するために、ロックダウンをはじめとする様々な施策により、経済活動に制限をかけた。しかし、このような経済活動に対する制限は、一部の業界に対して、経済的な被害を生じさせている。言い換えれば、感染拡大の防止と自由な経済活動は相反する関係に立っているのである。したがって、我々は、現在のコロナ禍において顕在化している経済活動と疫病対策との相克から、これまで課題とされてきた開発と環境の対立を解決することがいかに容易なことではないかを想像することは決して難くない。だとすれば、SDGsが目指す開発と環境の融合の理想は本質的に成り立つのであろうか。実際、SDGsは、開発と環境に関する目標を掲げてきたが、現状においては、理想と現実の隔たりが縮小しているとは言い難い。したがって、次の10年において、SDGsの理念を実現していくためには、これまでの「企業と社会」論における歴史的な展開を概観することによって、環境と開発の関係がどのように位置づけられるべきかを改めて考える必要がある。 (1)SDGsと「企業の社会的責任」論まず、今日のCSRは、1960年代に注目を浴びることになった「企業の社会的責任」論の概念が嚆矢となっている。1960年代という時代は、激烈な社会変化の時代であった。そして、バックホルズによれば、「その変化は企業に対し、その活動のほとんどすべての側面にわたって影響をおよぼした。少数民族の公民権、女性の対等の権利、慈善環境の保護、そして広範囲におよぶ消費者問題  などへの関心の集中は、企業とその経営者に対し、きわめて広範な、また長期にわたる強烈な影響を与えつづけてきている。この社会的変化のもたらした長期的結果は、企業が活動を行なう際に守ることを期待される『ゲームのルール』の劇的な変化である2。」したがって、この時代における企業や経営者らは、もはや自らの利益を拡大することのみに汲々とすることが許されず、様々な社会課題に対して積極的に向き合わなければならなくなったのである。したがって、企業が社会課題に向き合うという意味でこの時代における「企業の社会的責任」論は現代のCSR論と比べて洗練さを欠くものであったということは否めないが、その趣旨においては、確かに今日のSDGsにつながるものがあった。そして、このような世論を背景として、1971年に1滝澤淳浩「CSRの理論的基盤の史的考察」『CUC VIEW&VISION』No.50、千葉商科大学経済研究所、2020年、92-101ページ。2Buchholz, Rogene A., The Essentials of Public Policy for Management, 2nd ed., 1990, pp. 2-3.

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