cuc_V&V_第52号
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4452トピックスはアメリカの企業及び教育関係の指導的な地位にある200人によって構成される経済開発委員会が『企業の社会的責任』という政策見解を公表した。当該見解によれば、特に、消費者保護・環境規制・雇用の平等といった側面において、世論や政府が企業に求める要求の範囲はますます拡大し、「企業と社会との間の契約条件」において重大な変更があったものと捉えられた3。この新しい契約の下では「企業の社会的責任」の内容は3種類のものからなり、それらの間の関係は3つの同心円をもって示されるという。それは、中心から外側に向かって順に広がりを見せるものであり、次のような内容で示される4。①経済的機能の能率的遂行に関する責任(製品・雇用・経済成長など)、②社会的価値観・優先度などの変化に対する敏感な意識をもって業務を遂行する責任(環境保全・従業員の雇用条件や職場内関係・消費者関係の詳細な事項に関する配慮など)、③社会的環境の改善に対する積極的な取組みを行う責任(特に、貧困・都市環境の悪化など社会問題の解決への協力)  がそれである。 この見解から理解できることは、19世紀後半から自己の利潤を最大化するために経済的規模・市場支配力・社会的影響力を拡大し、巨大な独占資本群を形成してきた株式会社がこの時代においては、依然として自己の経済的利益を基調としながらも自らが社会的存在であるということを自覚しているということである。この点について、経済開発委員会が巨大株式会社の行動原理は、「開明的自己利益の教義」に基づくべきであるという見解を示している。「開明的自己利益」とは、健全で豊かな社会の構築に寄与するのであれば、企業は利潤を獲得する機会に恵まれる一方で、そのような社会の構築に後ろ向きな態度をとるのであれば、厳しい強制や苦難を受けるといういわゆる「飴と鞭」の原理である5。この議論は今日の企業がとっている姿勢そのものであると言えよう。すなわち、この時点において今日のCSR、またSDGsの思想の原型は出来上がっていたのである。実際、今日では多くの企業が環境への配慮やフィランソロピーといった形でCSRへのコミットメントを掲げることにより、企業価値の向上を図っているのは周知の通りである。 (2)SDGsと「企業の社会的即応性」論しかし、1970年代になると、それまでの「企業の社会的責任」論に加え、「企業の社会的即応性」論が提唱されることになった。アッカーマン=バウアーは、企業に関わる社会的事項に強い関心を寄せ、その内容及び性格の歴史的変化についての分析を介し、「企業の社会的責任」論の限界を指摘するに至り、その内容は「企業の社会的責任」論に対する鋭い批判を含んだものとなっている6。まず、彼らによれば、このような社会的課題事項は次の3つの範疇に区分できるという7。①企業に対する外的な社会問題(貧困、麻薬禍、都市の荒廃など直接的な企業行為によって惹起されたものではないもの)②通常の経済活動の対外的影響(生産施設による汚染、財貨・用役の品質・安全性・信頼性、マーケティング活動から生ずる紛糾・欺瞞、工場閉鎖・工場設置の社会的影響など)③企業内部に発生し、通常の経済活動と本質的に結びついている課題事項(雇用機会の平等、職場の健康・安全、QOLの向上、産業民主主義など)アッカーマン=バウアーによれば、従来の「企業の社会的責任」論の視点は、第一の範疇に留まるものであった。すなわち、「企業の社会的責任」論において企業が果たすべき役割は地域社会関係管理や社会貢献活動といった伝統的なものに限定されていたのである。しかし、実際に企業が果たさなければならないことは、通常の経済的業務と結び付いた第2・3の範疇における具体的な取り組みなのである8。したがって、企業3Committee for Economic Development (CED), Social Responsibility of Business Corporations: A statement on National Policy by the Research and Policy Committee of the Committee for Economic Development, June 1971, 1971, pp. 11-16. (経済同友会編訳『企業の社会的責任』鹿島出版会、1972年、9-18ページ。)4中村瑞穂「企業経営と現代社会」中村瑞穂編『新版 現代の企業経営』ミネルヴァ書房、1994年、240-263ページ、245ページ。5CED, op. cit., p. 29. (訳、40ページ。)6中村、前掲書、248ページ。7Ackerman, Robert W., and Bauer, Raymond A., Corporation Social Responsiveness : The Modern Dilemma, p. 10.8Ibid.

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