cuc_V&V_第52号
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5う一つはどのような些細な仕事でも倫理的判断が必要となる要素を含んでいることである。そのうえで、2回目以降の授業は学生がアルバイトや入社直後に経験する身近な題材から始め、徐々に管理職となり部下を持ったとき、経営者に近くなったときに遭遇するテーマを配置して、それらの内容を自分のこととして考えることを促す。例えば、第2回授業では、就職直後でも発生しうる、従業員個人と所属する企業の間での利益相反事例を扱う。自分が勤務する会社が、兄弟が経営する会社から文房具を購入しており、やがて自分が備品調達部門に異動となり、次第に部署内での権限が増加して自らの判断で兄弟の会社からの購入量を増やしていく過程において、自分がこの担当者だったらどの段階でどのような行動をとるかを考えさせ、議論する。第3回授業では仕事を遅滞させないために海外で公務員に贈賄した実例をもとにケース分析の仕方を説明する。第4回授業では取引先から過剰な接待を要求され、応じなければ営業案件を失い企業にとって大きな損失を被るが応じれば自社の規程に違反し、クリーンなイメージを前面に出している自社の評判を落としてしまうジレンマにどう対処すべきかを議論させる。営業職に就く卒業生が多い本学の学生にとっては十分に起こりうる話である。第5回授業からは企業の管理職になったことを想定した事例に向き合ってもらう。 2018年にシェアハウス投資をめぐる不正融資と行員へのパワーハラスメントが発覚したスルガ銀行の第三者委員会報告書2の抜粋や新聞記事を読み、学生に自分が支店長だったときに支店の行員にどのような態度を取るかを考えさせる。行員に圧力をかけて頑張らせなければ支店のノルマは達成できないが、それでは行員を心理的に追い込むことになり、ノルマ達成を諦めて開き直れば支店長の自分が支店長会議で立たされて罵倒され、組織の足を引っ張る対象となる。第6回は製造物に関する不正と企業の責任、第7回は企業と消費者(顧客)の関係を扱う。第8回は内部告発が問題を正す有効な手段でありながら、日本においては必ずしも告発者が守られないという現実を知る。第9回と第10回の授業では、企業の幹部になり方針決定や投資判断をする立場になったと想定して、サプライチェーン上の委託工場で起こりうる児童労働や、ファストファッション、フェアトレード、気候変動とエネルギー問題を検討する。第11回はCSRとコンプライアンスの取り組みについて考える。第12回と第13回(最終回)は4名から5名の複数学部の学生で構成するグループでエシカル消費や企業の地球環境への配慮など彼らが決めたテーマについて調査と資料作成を行い、発表させる構成としている。この授業内容でどのように3つのねらいを達成し、目標に近づけようとしているのかを次に説明する。授業内容と特徴33.1 目標:知識を習得するだけでなく実践できるビジネス倫理を単に知識として得るだけで実践しなければ自分や周囲の人を幸せにはできない。倫理的判断が必要になる局面において最適な意思決定をし、行動できるようになることを目標としている。しかし、教室で就業環境は作れないので、実践で役立つ教育を行うのは大きな挑戦である。そこで、実践的状況に近づけるため全ての授業で事例を用いる。学期前半は題材を扱いやすいように実例を簡素化した架空事例を使い、後半は新聞、雑誌記事、企業不祥事の第三者委員会報告書、動画などを組み合わせて実際に起こった事件をもとに学生が当事者だったらどうすべきか考えて意思決定の練習を繰り返す。事例の情報を事前に読んでこないと授業での議論の質が高まらないので、課題として事例情報を読ませ、倫理的な問題の定義や当事者だったらどうするかを記述させて提出させる。取り扱う事例は、学生が卒業後に遭遇しそうな事例を選択している。本学卒業生には営業職に就く人が多いが、営業の役割は自社の製品やサービスの良いところを顧客に気づいてもらい購入契約を促すことであり、常に倫理的課題がつきまとう。筆者自身も営業経験があるが、売りたいがために製品のいい点はどうしても過剰に強調したくなり、弱みはできるだけ伝えたくないという衝動に駆られる。しかし、顧客が不利益を被るようなことをしてはならず、その一線を超えないように営業担当者は常に自分の説明と行動には注意を払わなければならない。集団でその一線を越えた事例として2019年に大きく報じられたかんぽ生命の不正販売がある。かんぽ生命の営業担当者が、自分の営業成績を上げるために数万件単位で顧客に不利益な契約変更をさせたり、契約料の二重払いをさせたりした。2スルガ銀行株式会社 第三者委員会(2018年)『調査報告書(公表版)』, https://www.surugabank.co.jp/surugabank/kojin/topics/pdf/20180907_3.pdf (閲覧日:2021年6月3日)52特 集CUCの倫理教育

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