cuc_V&V_第52号
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6企業は従業員の行動ルールやガイドラインを設けてもそれを実際に遵守するかは個人に委ねられており、また商談の状況は毎回異なるので営業担当者自身がどう行動するかを判断しなければならない。学生たちには、国民生活センターに寄せられた実際の相談事例を示して考えさせる。銀行の担当者が78歳の女性を訪問して、米国通貨建利率変動型個人年金保険を販売したが、その女性は積立預金だと思って契約したという事例で、自分がこの銀行の営業担当者だとしたらどうしたか、営業担当者としてやっていいことといけないことの線をどこで引くかを考えさせる。学生からは、家族同席でないと販売しない、1回目の説明時には販売せず再度訪問して意向を聞く、商品を理解しているか簡単なテストをするなど様々な対応案が出てくる。事例の議論をする際は具体的な情景を思い起こさせて擬似体験になるように努めている。3.2 ねらい1:日々の仕事が倫理的判断と密接に関わっている倫理の問題というとニュースで報道されるようなひどい人たちが起こすものであって、自分の生活とは直接関わりのないものであると考えていたとしたら、ビジネス倫理を真剣に考えることはできない。そこで、学生が考えている以上に企業においては違法な事象が発生しており、自分が積極的に悪事を働かなくても、それに巻き込まれる可能性が一定以上あることを示すようにしている。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社と有限責任監査法人トーマツ(2020)が427社からの回答をもとに分析した「企業の不正リスクに関する調査」によると過去3年間の不正発生は回答企業の53.9%におよび、関係会社が21社以上の企業に絞れば71.8%の企業で不正が発生している3。この比率は調査に回答した企業での比率であり、自社の不正について調査票への記入を躊躇した企業も相当な割合であったと推測され、実際の比率はさらに高い可能性がある。また、中小企業から大企業までの財務コンサルタントをしている前田康二郎は小さなものを含めるとその経験から不正がない企業はないと断言している4。筆者も複数の企業の管理部門担当役員をしてきたため通常の従業員では知り得ない事象の報告を受けることがあったが、ほぼ同様の感想を持っている。一方で、大きな不正として問題視されることはないが、実は日々の些細なことにも倫理的課題が含まれており、常に意識することが必要である。例えば、週末に個人が開くバザーのチラシを上司に了解を得れば会社のコピー機で30部印刷してもいいかと学生に尋ねると、「30枚ぐらいであれば枚数が少ないのでいい」という意見なども出るが、「何枚までなら許されるか」と問うと答えられなくなる。公私混同がなぜいけないかをクラスで議論する。また、会社に出入りする機器メーカの営業担当者に個人用のテレビを社員割引を使って購入させてもらうことは問題ないかというような、就職したらすぐにでも遭遇しそうな事例をあげて、学生たちに意見を述べさせる。その後に優越的地位の濫用について解説して、営業担当と仲良くなっても個人的な要求は控えるように伝える。倫理問題が身近であることに加えて、これを看過すれば大きな問題になりうることを学生に理解してもらうことも重要だと考える。現実に起こりうることを感じてもらうために、実例を題材にする。例えば、2000年に発覚した三菱自動車工業による組織的なリコール隠し5と2002年に三菱自動車製の大型トレーラーから脱落した車輪によってベビーカーを押していた母親の命を奪った三菱欠陥車事件6を取り上げ、重大な欠陥があることを知りながらそれを隠す行為が人を死に至らしめる可能性があることを考えさせ、就職後に情報隠蔽している当該部署に配属されたらどのような行動をとるかを発表してもらう。現実に自分の身に降りかかったら見て見ぬふりをするかもしれない、新聞社などに内部告発をする、社内の他の部署に相談する、など様々な意見が出る。3デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社、有限責任監査法人トーマツ(2020)『企業の不正リスク調査白書 Japan Fraud Survey 2020-2022』4伏見学(2017)「どんな会社でも不正が起きてしまうワケ」IT Media ビジネスOnline 2017年8月30日 https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1708/30/news033.html (閲覧日:2021年7月28日)5ユーザーからディーラーに寄せられたクレームのうち、約半分の情報について運輸省の定期検査で提示するものとそうでないものを分けたうえで、コンピューター上で二重管理して組織的に隠蔽していた事件。「危機管理あきれた甘さ リコール隠し組織的に 三菱自動車欠陥工作」『朝日新聞』2000年7月27日朝刊(朝日新聞記事データベース、閲覧日:2019年5月16日)。6車軸と車輪を繋ぐハブに欠陥があると知りながら三菱自動車工業がこの問題が原因となり引き起こされた死亡事故等を整備不良などと主張していたが、2004年の再捜査でようやく認め、10人以上の逮捕者を出した事件。「『背信』の連鎖追及 三菱欠陥車事件追った10カ月 新聞週間」『朝日新聞』2004年10月10日朝刊(朝日新聞記事データベース、閲覧日:2019年5月16日)。52特 集CUCの倫理教育

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