cuc_V&V_第52号
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7授業アンケートで印象に残った事例を尋ねると三菱自動車工業の事件とともに多くの学生があげるのが前述のスルガ銀行不正融資事件である。当時収益率が高く、優良だと思われていた同行が経営陣も含めて組織的に不正をしていたことも驚きであったが、第三者委員会の報告に凄まじいパワハラが記載されていたことは学生にとってさらに衝撃的であったようだ。これらの授業を通して、倫理課題を考えることは他人事ではなく自分にとって重要だと認識していく。3.3 ねらい2:拙速な判断をせず状況を冷静に見極めて意思決定する学生のほぼ全員がスマートフォンを持ち歩き、ソーシャルネットワークにアクセスするようになった今日、多くの情報が入手できるようになり便利になったが、その情報だけをもとに即座に判断をしてしまうのは危険だ。断片的な情報だけをもとに情報を拡散(リツイート)してしまい名誉毀損で訴えられた事例もある7。そこで学生にはいきなり結論を出すのではなく倫理的な意思決定のための手順を示し、授業で取り扱う事例にこの手順を当てはめて議論する。意思決定の手順や検討項目は米国のビジネス倫理の複数の教科書に記述されておりどれも共通する内容が多いが、授業ではトレビノとネルソン8の8つのステップを紹介し、事例に当てはめて判断する練習を繰り返す。8つのステップとは、以下のとおりである。(1)事実情報を集める(2)倫理的課題を定義する(3)影響を受ける関係者(ステークホルダー)を明確にする(4)各関係者に与える影響(結果がどうなるか)を考える(5)各関係者の責務を考える(6)自身の人格と誠実さを考慮する(徳のある人はどのように行動するだろうか)(7)創造性を発揮して可能性を探る(8)心の声を聞く(直感を大切にする)(1)について、現実では事実情報を全て集めることは不可能だ。しかし、倫理的判断をするときは少なくとも事実関係の把握を可能なかぎり行うように促したい。そこで、状況把握の大切さを実感してもらうため、簡単な事例を用いる。システム会社Xの営業部長に持ち込まれた小規模システム開発案件を、その部長が自分だけの判断で自らも取締役にもなっている知人の会社Yに紹介したという事例を提示して倫理課題を尋ねると、多くの学生は個人の利益のために商機をYに誘導してXに不利益を被らせる利益相反を指摘する。そこで、持ち込まれた案件の規模では収入の割には手間がかかりすぎてXの利益率を悪化させるという事実を追加で示すと、かなりの学生が部長の行動は妥当だったと判断を変更する。そこでさらに、なかには小規模案件から利益率のいい大規模案件に発展することもあると伝えて、独自に判断するのではなく、上司も含めて検討すべきだったのではないかという議論をする。情報が追加される過程で自分が正しいと思った判断が変化していくことを教室での議論で体験してもらい、わずかな情報の差異であっても自分が意図していることとは異なる判断をしてしまうリスクを感じてもらうようにしている。(2)では何が倫理的課題なのかを言葉で表現してもらう。ひとつの事例の中に複数の課題が含まれていることもある。単純にいい悪いという判断ができるものではなく、どちらを選択しても問題があるような倫理的ジレンマを整理させる。(3)では拙速な判断を避けるために、当該事案のステークホルダーは誰で、自分がどのような判断と行動をとるとそれらの人たちにどのような影響をもたらすかということを想像してもらう。例えば、上述した三菱自動車工業のリコール隠しでは、品質保証部が組織ぐるみで重要なクレームを二重管理して秘匿していた。学生に、誰がこの課題のステークホルダーかを考えてもらう。情報を隠蔽した品質保証部の社員、不具合をかかえた自動車を購入した顧客、三菱自動車工業の経営者、株主、他の部署の社員、三菱自動車の販売店など、影響を受けた関係者をリストアップしていく。(4)ではもしこの事件のときに自分が品質保証部で勤務していたとしたらどうするかと問い、答えを出す前にまずは行動の選択肢をいくつかあげて、それぞれの行動をとることで、どのステークホルダーにどのような影響が及ぶかを考えてもらう。クレームを隠し続ければ、会社の売上は維持できる(株主にとってはいい)かもしれないが、不具合7「その「リツイート」大丈夫?削除済み、炎上なしでも名誉毀損に」『産経新聞』電子版 2021年6月30日(閲覧日:2021年7月29日)。8Treviño, L. K. and Nelson, K. A., Managing Business Ethics: Straight Talk about How to Do it Right Sixth edition (John Wiley & Sons, 2014) pp.51-58.52特 集CUCの倫理教育

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