cuc_V&V_第53号
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1553ない。もちろん、GDPの概念や範囲も不変ではなく、これまで述べたようにSNAの国際基準の改訂により変更されており、この点において恣意的である。しかし、その決定にあたっては国際連合などの国際機関において数年の議論を経ており、できるだけ多くの人の納得が得られるよう努力はされている。また、社会科学の観点からみたGDPの優れた点として、SNAにおける他の諸指標との関係が明確である点もあるだろう。社会科学においてデータに基づく分析を行おうとした場合、分析対象となる現象をモデル化することになるが、そのためには諸変数間の関係が明確であることが必須である。この点においてGDPは、SNAという体系の中にあり関連する諸指標との関係は明確に規定されている。こうした点から、様々な問題点は抱えつつも、GDPの利用は当面は続いていくものと筆者は考えている。おわりに6本稿ではこれまで、「社会科学におけるデータ分析」という特集のテーマに呼応して、マクロ経済分析にあたり加工統計が果たしてきた役割について、特にSNAとGDPを取り上げて概観してきた。加工統計は、社会科学においてある対象を分析するための指標として考案され、発展してきたものであり、これ自体が一つの発明であったとみることもできるだろう。今般のコロナ禍においても見られた現象であるが、景気の変動を最小化し、経済成長を最大化するよう求める社会からの要請はますます高まっている。こうした目的を達する道具として加工統計の活用は続いていくだろう。エコノミーなど統計調査に現れてこない取引についてGDPに反映すべきなのではないかという議論がある。仮に、こうした議論を踏まえてCtoC取引がGDPに算入されたとした場合、以下のようなメリットとデメリットがあると考えられる。メリットとしては、国民経済において実際に行われている経済活動について、従来のBtoCに含まれない分を含めて把握することが可能となる点である。デメリットは、人々が必ずしも経済活動と認識しておらず、その活動が増えたとしても「豊かになった」という実感が乏しい取引がGDPに算入されることで、GDPの値が膨らみ人々の実感と乖離していくことである。既にGDPには、帰属家賃サービスなど実際には金銭による取引が存在しない活動が算入されている。このような活動が含まれることになればなるほどGDPは増加していくわけであるが、人々の実感とは乖離していくことになる。GDPの問題点はかなり早い段階から指摘されていた。トービン、ノードハウス、サミュエルソンらが独自の指標を考案し、我が国でも1970年代に経済審議会において国民福祉指標(NNW)が開発された(浅野、1971)。ブータンではGDPに代わり国民総幸福量(GNH)という指標が用いられていることがよく知られている。これ以外にもGDPの代替となる指標や「新GDP」的な指標は数多く考案されてきた。しかし、現時点においてGDPはまだ置き換えられていない。GDPの地位はなぜ揺るがないのか。その理由はいくつか考えられるが、一つにはGDPの算出にあたり恣意性ができるだけ排されている点があると思われる。上述の各指標では、どれだけ客観的に算出を行おうとしても、指標の作成にあたっての変数の選定は主観によらざるを得ない。一方、GDPは経済内における付加価値の総量であるので、推計方法の妥当性に関する議論はあるにしても、恣意性が入り込む余地は少浅野義光(1971)『GNPとNNW 国民総福祉時代の幕開け』日本経済新聞社浅野義光・後藤文治(1975)『国民所得の知識(新版)』日本経済新聞社経済企画庁経済研究所国民所得部監修(1975)『国民所得便覧』至誠堂経済企画庁戦後経済史編纂室編(1963)『戦後経済史6 国民所得編』大蔵省印刷局腰原久雄(1986)「工業統計と生産動態統計の乖離」(林周二・中村隆英編『日本経済と経済統計』東京大学出版会)総務省編(2015)『平成23年(2011年)産業連関表-総合解説編-』宮崎勇(1971)『計画経済の話』日経文庫Clark, C.(1940)The Conditions of Economic Progress, Macmillan.(大川一司・小原敬士・高橋長太郎・山田雄三訳(1954, 1955)『経済進歩の諸条件(上・下)』勁草書房)Coyle, D.(2014)GDP: A Brief but Affectionate History, Princeton University Press.(高橋瑠子(2015)『GDP 小さくて大きな数字の歴史』みすず書房)Hicks, J. R.(1971)The Social Framework : An Introduction to Economics, 4th edition, Oxford University Press.(酒井正三郎訳(1972)『経済の社会的構造―経   済学入門―』同文館)Keynes, J. M.(1972)The Collected Writings of John Maynard Keynes Vol. 9 :Essays in Persuasion, The Macmillan Press.(宮崎義一訳(1981)『説得論集 ケイ   ンズ全集9』東洋経済新報社)参考文献特 集社会科学におけるデータ分析

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