cuc_V&V_第53号
20/56

1853ることは言を俟たないが、その他にも業績評価システムや組織行動を目標達成に導くマネジメント・コントロールにおけるミドル・マネジャーや部下の認知、行動に着目した行動会計学(behavioral accounting)、あるいは経営者や株主も含めたエージェンシー問題など、様々な場面で人の認知、それに伴う行動の解明を目指してきた。したがって、経済学、マーケティング、経営学と同様、管理会計研究においても、神経科学を応用することで、新たな知見を得られる可能性は高い。海外では、既にいくつかの管理会計研究において神経科学の知見が応用されており、神経会計学(neuroaccounting)という語も用いられている。タンクとファレルは、神経科学の知見を何らかの形で用いた会計研究を、システマティック・レビューによってトップジャーナルから網羅的に抽出し、情報を整理している(Tank and Farrell、2021)。それによれば、2000年代から神経科学と管理会計の関連性を指摘した研究はあったものの、2010年代以降に理論的検討が進み、さらに仮説検証や考察といった経験的研究のプロセスでも、既に神経科学の知見が用いられている。一方で、仮説検証の場面で神経科学の手法を用いる研究は、まだそれほど多くないこともうかがえる。しかし、後述するように、これから管理会計学で重要になってくると思われるのは、この仮説検証の場面で神経科学の測定手法を用い、従来は明らかにできなかった認知プロセスのブラックボックスを解明する研究である。この可能性と課題について以下で検討しよう。社会科学において、神経科学をどのように応用するかという点については、元木・杉浦(2018)における消費者神経科学を対象とした検討が参考になる。それによれば、質問票調査やインタビュー調査では、社会的に望ましい解答をしてしまうバイアスや、過去の出来事について報告を行うために生じる想起バイアスを排除できず、感情的な反応も捉えることが難しい。これら伝統的なデータ分析の方法で残された課題を克服する形で、一見同じ意思決定をしている際の認知プロセスの相違や、本当の感情の解明に向け、神経科学の測定手法を応用することが期待される。このように、消費者神経科学が人間の意思決定プロセスをするのに対し、管理会計研究で神経科学の測定手法を応用しデータ分析を行う際には、意思決定プロセス(how individuals process information)に伝統的なデータ分析の手法に基づく研究は、現在に至るまで衰退することなく行われており、今後も進展が期待できる点である。特に、アーカイバル研究において、財務情報のみならずテキスト情報に着目した研究が登場していることは、重要な示唆を与えている。第三に、わが国において実験法を用いた研究が極端に少ない点である。これは研究者個々人の責によるところではないが、一方でわが国の管理会計研究者があらためて課題として認識すべき点だといえよう。神経科学を応用したデータ分析3近年、様々な社会科学の分野で、神経科学を応用した研究が進展している。神経科学は、自然科学の中でも生物化学の一分野に位置づけられ、脳や神経系の機能ならびに行動との関係性を対象としてきた。社会科学と自然科学は、これまで一般的に関連性が薄いとされてきたが、両者は連携の可能性を有している。特に認知心理学の発展を背景に、近年は社会科学の研究において、神経科学を応用する試みがなされている。例えば、経済学分野では、人間の経済行動を神経科学的手法によって解明しようとする、神経経済学(neuroeconomics)と呼ばれる研究が行われてきた。同様に、マーケティング分野では、消費者行動を分析する消費者神経科学(consumer neuroscience ないし neuromarketing)と呼ばれる研究が行われてきた。経営学分野では、二重過程理論(dual-process theory)に基づく研究が行われてきたが、その中でも直感と論理的思考が同時並行的に機能し補完し合う形で役割を果たすとする parallel-competitive theory が提唱されており、今後の研究において神経科学の応用が期待されている。経済学、マーケティング、経営学の分野において共通しているのは、意思決定に関する課題解明を目的として、神経科学を用いている点である。それぞれが対象とする範囲はやや異なるものの、いずれも消費者や経営者、マネジャーの意思決定を対象とし、その行動ないし行為を説明するため、神経科学の知見を応用しようというものである。こういった動向を踏まえると、会計学分野、特に管理会計研究においても、神経科学を応用できる可能性がある。管理会計研究で経営意思決定を対象としてい特 集社会科学におけるデータ分析

元のページ  ../index.html#20

このブックを見る