cuc_V&V_第53号
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1953加え、その意思決定に対する組織成員の反応(how individuals respond to controls)についても、解明が期待される(Tank and Farrell、2021)。管理会計研究で対象とするのは、トップ・マネジャーが行う経営的な意思決定に加え、それらが組織成員に影響を与え、組織を目標達成に導くプロセスの解明である。すなわち、意思決定を行う際の認知プロセスに加え、その結果として組織を構成する人びとがどのように反応し行動するかといったプロセスの解明にも、神経科学は寄与すると考えられる。その際に用いる神経科学を活かした測定手法として は、fMRI(functional magnetic resonance imaging:機 能的共鳴磁気画像法)、EEG(electroencephalography:脳波検査)、アイ・トラッキング(eye-tracking)などが挙げられる。これら以外に、神経伝達物質(ドーパミンやセロトニン)の結合脳を捉えられる手法もあるが、被験者に投薬が必要となる侵襲的な手法であり、fMRIやEEGをはじめとする非侵襲的な手法と比べ、実際に社会科学の研究者が用いる上では大きな障壁が存在する。また、これらの測定手法を用いた研究方法は、伝統的なデータ分析の方法の中では実験法に該当すると考えられる。一方で、その結果を測定する方法が従来の質問票調査などとは大きく異なり、両者を併用する可能性もあることから、実験法の中でもさらに小分類を設けるような形で捉えるべきデータ分析の方法といえよう。管理会計研究でこれまで主に行われてきたのは、アイ・トラッキングにより情報の認知を捉える研究である。例えば、ブリンクらの研究では、上司と部下の報酬体系が一致せず、上司にとって望ましい業績が部下の報酬を下げるような体系を提示された際、上司の側がネガティブな反応を示すことが、アイ・トラッキングによって明らかになった(Brink et al.、2020)。このように、神経科学を用いて表面的な行動に表れる前の認知を明らかにすることで、よりよい意思決定を行い、組織全体を目標達成に導くという管理会計の目的に対し、新たな研究が寄与していくことが期待される。しかしながら、実際に管理会計の研究者が神経科学を応用したデータ分析を進めていくうえでは、障壁も多い。それは、こういった研究を行うために、研究者の支払うコストが大きいためである(Tank and Farrell、2021)。具体的には、神経科学は管理会計研究者にとって「門外漢」といえる領域であるため、まず当該分野を基礎的なところから理解するのに一定の時間を要する。さらに、実際に実験を行ってデータを測定・分析をする際、社会科学の研究者が単独で施設を手配し実験を行うのは困難であり、医療的な施設を管理している研究者の協力を得る必要がある。そして、一連の研究プロセスにはかなりの時間を要することから、一定の期間内に研究実績を残して昇任等を目指す研究者には不利になる可能性がある。このようないくつもの障壁があることから、管理会計研究における神経科学の応用は、これまであまり進んでいない。ただし、これまで述べてきたとおり、神経科学を応用したデータ分析の可能性は大きく、今後、管理会計研究者が積極的に挑戦していくべき領域だといえよう。特にわが国では、諸外国の大学とは研究の環境が異なり、テニュアトラック制のもとで研究、業務に従事している研究者の割合が高いと考えられる。もちろん、研究資金の確保や、関係する機関との提携など、克服すべき障壁はなお多い。しかし、諸外国の研究者が持つ大きな障壁のひとつが事実上クリアされているのであれば、神経科学を応用した管理会計研究は、まさにわが国の研究者にとって、長期的に取り組んでいく価値のあるものだといえよう。今後の管理会計研究におけるデータ分析4これまで概観してきた過去の研究動向を踏まえ、管理会計研究のデータ分析が、今後どのように展開していくかを検討したい。まず、伝統的なデータ分析を行う研究は、これからも引き続き進展していくと考えられる。質問票調査の結果や財務情報から組織の実態を把握し、変数の関係を探る研究の有効性が、現在に至るまで損なわれたわけではない。そのなかで、テキストマイニングを用いた研究や、特定の組織内における質問票調査は、まだ数が多いとはいえず、これらの研究から新たな知見を得ることが期待される。それに加え、神経科学を応用したデータ分析を行う研究からは、これまでの研究でブラックボックスとなっていた部分を解明できる可能性がある。これまでの研究でも、既存の理論から導出した仮説が支持されなかったものや、一見すると矛盾するような対立的な特 集社会科学におけるデータ分析

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