cuc_V&V_第53号
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153データの分析と資本主義の変容プロフィール千葉商科大学大学院政策研究科委員長、博士(経済学)、日本財政学会および日本地方財政学会の理事を歴任、また市川市各種委員会の会長を歴任し、現在は国民健康保険運営協議会会長。著書に『カーター報告の研究―包括的所得税の原理と現実―』五絃舎など、その他論文多数。千葉商科大学商経学部 教授栗林 隆KURIBAYASHI Takashi今やAIの時代である。ビッグ・データの分析がエビデンスの主流となり、直ちに政策運営に反映できるから、経済社会に革命をもたらしたと言えよう。筆者は理工系出身であり、大学時代には波形解析のラボに所属していた。具体的には、火薬メーカー、通産省と産官学で産業用爆薬の安全性を研究していた。自衛隊駐屯地で発破の爆発音データを取り、ラボに持ち帰って解析するが、約40年前のFFTはかなり大きな代物で、電源を入れる度のプログラム読込もなんとカセット・テープであった。それでも、当時は画期的で、19世紀フランスの数学者フーリエの先駆的業績がデベロップされ、複雑な波形を高速フーリエ変換することにより、短時間に波形に含まれる卓越周波数を解析できるのを見て驚いた。NECのベストセラーPC98が出たのはこの後のことである。その後、経済学の大学院生だった頃には、文献の検索システムすら存在せず朝から晩まで図書館に籠って図書カードをアルファベット順に捲っていた時代が懐かしい。それが今や、キーワードひとつで全世界の論文がヒットし、そのほとんどが一瞬にしてネット上で見られるのであるから、研究環境は格段に効率化されたと言って良いだろう。以後、コンピューターの演算処理速度が年々飛躍的に高速になり、AIが顔認証のみで瞬時にその人のWEB上の情報から履歴書を作ってしまう現実は、もはやSFの世界ではない。資本主義は、第二次世界大戦後の経済発展過程で確立し良好に機能しているかのように思われていたが、21世紀を迎えてピケティが『21世紀の資本』(2013)で、18世紀にまで遡る詳細なデータの分析により、長期的には資本収益率(r)は経済成長率(g)よりも大きくなり、資本主義が格差社会を生み出すことを指摘した。現代の資本主義は、民主主義に基づいた能力主義のことを指し、資本と労働が極端に偏在する格差社会を創り出してしまった。その背景のひとつには、経済政策の功罪が要因として挙げられよう。ケインズは、『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936)を著し、不完全雇用の下でも均衡が成立する有効需要の原理により、乗数理論に基づいた財政政策を重視した。ケインズ主義は、ニューディール政策のような大不況下においては効果があると考えられたが、その後も現在に至るまで長期間かつ継続的に導入され続けた弊害が指摘されよう。20世紀後半のマネタリストであるフリードマンは、新自由主義を標榜し利益第一主義を掲げ、ケインズの総需要管理政策を批判し金融政策の重要性を説いたが、各国の中央銀行の政策が資本主義に与えた影響は歴史の評価を待たねばならないだろう。そして、もし、現代にPersonal Income Taxation(1938)で名高いサイモンズが生きていれば、極端な不平等社会を見て倫理的または美学的に許せないと嘆くだろう。かつて、イノベーションには銀行の信用創造が欠かせないことを唱えたシュンペーターは、銀行は市場経済の監督官であると言ったが、現代はWEB上でSNSが個人を監視しており、いわゆる監視経済の到来とも言える。今、サスティナビリティーやSDGsが叫ばれる中で、企業は存在目的を考えなければ生き残れない。つまり、利益を優先するのではなく、環境など何らかの分野で社会に貢献することが求められている。このような現代における新しい資本主義の行先は、人々が資本と労働をある程度平等に所有するような姿に少しでも近づけるのが望ましいだろう。その方法のひとつとして税制の活用が有力かも知れない。つまり、高所得者に高い累進税を課税し所得再分配を強化するサイモンズやピケティによる租税政策の導入である。しかし、米国のバイデン政権が富裕層のキャピタル・ゲインに大幅な増税を表明したものの迷走しているように、財政の「政」は政治の「政」であり、その実行可能性は低いだろう。SNSのデータ・ベースはGAFAが独占して、もはや個人情報の蓄積は国家を超えているかもしれない。今、資本主義は新たなる変容を強く求められているが、その道のりは険しいと言わざるを得ないだろう。巻頭言

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