cuc_V&V_第53号
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2853混合研究法を用いたソーシャル・キャピタル研究のデザインと方法22.1混合研究法の紹介混合研究法(Mixed Methods Research)は、量的/質的伝統の二分法にとって代わる研究手法として、この20年の間に登場した研究デザインである(テッドリー・タシャコリ編 2017:3)。それはプラグマティズムとしてのパラダイム2を構築し、量的研究が目指すポスト実証主義に留まらない。質的研究が求めるナラティブなデータをもとにした構成主義も包摂し、数量分析と事例研究や参与・観察といった社会・行動科学の研究手法を両立させるという発想をもつ3(ジョンソン 2021:80)。混合研究においては、どちらかの研究手法を主役や脇役に考えるのではない。収集された両方のデータを補完的に捉え、研究戦略上有用であると判断されるなら、データの収集から分析に至るまでの情報を足しあわせて、研究の付加価値を高めようとする(クラブトリー・抱井・亀井2021:110)。2.2ネットワークの相対的位置に左右されるソーシャル・キャピタルの外部性(1)混合研究法の適用条件では、どのような研究デザインを設計すれば良いのだろうか。クレスウェル(2021:97)は量的/質的データ分析の頑健な手続き(Rigorous procedure)による収集を条件に設定する。加えて、混合研究法を適用した研究デザインが既存の質的/量的研究のアウトカムより付加価値を見出す可能性が高いと予見できる場合を条件に挙げる。すなわち、混合研究法がディシプリンの研究目的に合致し、両方のデータを統合した方が良い研究結果を得られるのであれば適用できる。では、社会関係資本研究に混合研究法はどうして適用できるのだろうか。筆者は社会関係資本が醸成されるネットワーク構造に着目して考えることにしたい。(2)ソーシャル・キャピタルの外部性の質―結束型vs橋渡し型社会関係資本は「心の外部性を伴う信頼・規範・ネットワーク」と定義されるが(稲葉 2005:17-18)、その外部性の質は相対的に置かれる人々の人間関係の位置によって左右される(稲葉 2011:31)。例えば、ジェームス・コールマンが提唱した「閉じたネットワーク」(Coleman 1990)の形態に近い人間関係の中で醸成される社会関係資本はネットワーク内の関係者の間で規範を貫徹させることに優れている。しかし、メンバー内に関係を閉鎖させてしまうことは、無意識にもネットワーク外に置かれた人々を排除してしまいかねない。すなわち、構造内部の同質的な者同士が結びついて醸成される結束型(Bonding)社会関係資本が高いことは、かえって背景の異なる人々からの情報の入手を困難にさせてしまうだけでなく、ネットワーク外部者の内部への参入を排除してしまうという弊害も起こしかねない。(3)自治会運営内外のネットワーク構造この事例を自治会運営に即して考えてみると、運営内部の役員間の信頼関係(「特定化信頼」)が強いことは運営の円滑さを招来させうるかもしれないが、他者との結節点を紡ぐ橋渡し型(Bridging)社会関係資本の醸成に得意ではない。その結果、新しく越してきたよそものにとっては参加しにくい環境をつくってしまいかねない。そして、活動メンバーの新陳代謝も上手くいかない状況が長期化してしまう懸念もある。以上から、社会関係資本が社会の効率性を改善しうるか否かは、社会関係資本が醸成される場所の構造に着目しなければならない。社会関係資本研究には、その外部性が社会に及ぼす正/負の影響の判断が求められるため(稲葉編 2021)、混合研究法によるネットワーク構造の研究が不可欠である。2.3混合研究法の方法とデザインそこで、質的研究と量的研究を組み合わせた社会関係資本研究として、本研究は混合研究法の基本形である(1)説明的順次デザインおよび(2)探索的順次デザインによる研究を紹介する。そして、両方の混合研究法をそれぞれ使用した自治会運営に関する実証研究を取り上げる。(1)説明的順次デザイン混合研究法には、量的/質的研究のいずれか1つの 研究方法から得られた結果を、もう一方の方法によっ2ここでは、「研究視座に関連するいくつかの前提によって成り立つ世界観(Worldview)」(Mertens 2003:139=テッドリー・タシャコリ編 2017:3)として考える。3ジョンソン(2021:80)によれば、混合研究法への研究の発展は量的研究と質的研究の違いに起因する分裂の統合を意味し、それぞれの要素を含有するパラダイムと研究方法論を両立させた包摂的科学として捉えている。特 集社会科学におけるデータ分析

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